出版元の了承を得て以下をアップします。
「キャラバンサライ(第147回)パレスチナの誤解の根源」『まなぶ』2024年3月号、44~45ページ

 

 

昨年の秋にガザが爆発して以来、メディアとの付き合いが増えた。番組の事前の打ち合わせの際に気がついたのだが、制作担当者たちにパレスチナ人の置かれた状況のきびしさが、どうも伝わっていない。パレスチナ人はヨルダン川西岸とガザ地区という自治区で、それなりの生活をしていると思われている。ガザが封鎖下にあったことは理解していただけるのだが、ヨルダン川西岸地区で、いかにパレスチナ人が抑圧されているのかというのが、なかなか理解されていない。

 

その大きな理由は、日本の新聞やテレビの使っている地図ではないか、と思うようになった。マスコミが視聴者や読者に示す地図によれば、ヨルダン川西岸全体とガザが自治地域となっている。しかし、じっさいの自治区はヨルダン川西岸地区全体ではなくて、ほんの一部にすぎない。たとえば「パレスチナ子どものキャンペーン」というNPOのサイトの地図を見ると、その実態がよくわかる。ここに示されている地図が、パレスチナ自治区の実態を示している。じっさいの自治区はきわめてまばらな、しかも、ばらばらな地域のみである。その間は数多くの検問所に邪魔されて自由に移動できない。

イスラエルとパレスチナ解放機構の間の1993年のオスロ合意を受けて、パレスチナ人が自治を始めた。しかしそれは、ヨルダン川西岸ではきわめて限られた範囲にしか及んでいない。

 

オスロ合意に署名した同解放機構のアラファト議長は、パレスチナにスイスのような平和な国をつくると約束したのだが、西岸の自治区の現状はスイス・チーズの穴みたいな状況である。しかも西岸の自治区は二つに分かれている。A地域と呼ばれるパレスチナ側が完全に支配している地域と、B地域と呼ばれるイスラエルとの共同管理地域である。共同管理地域では、警察権をイスラエルが、民生権はパレスチナ側が持っている。学校のカリキュラムとかゴミの収集を週何回やるなどはパレスチナが決められるが、肝心な部分はイスラエルが押さえている。残りはC地域で、イスラエルが依然として支配している。西岸地区の大半はイスラエルが支配し、ほんの狭いバラバラな地域をパレスチナ人が自治地域としているわけだ。

 

 

国際社会が想定してきたパレスチナ問題の解決のイメージは、ガザ地区とヨルダン川西岸地区を領土とするパレスチナ国家を樹立したうえで、1967年の国境線のイスラエルと共存するというものだ。両者の間での若干の領土の交換は排除しない。2国家解決案と呼ばれる考え方の骨子である。この大筋に沿って建国が想定されている新生パレスチナ国家とイスラエルの領土の線引きをする。これが中東和平交渉の道筋である。

 

ところがイスラエルは、ガザを封鎖下に置きヨルダン川西岸地区の占領をつづけ、そこにユダヤ人入植地を建設している。占領が国際法違反であり、占領地への入植も国際法違反である。イスラエルは二重の国際法違反を犯している。パレスチナ側の言い方だと、ピザを二人で分けようとしているのに、一方が食べ始めている状況である。食べているのは、もちろんイスラエルである。

 

こうした実態が、日本のメディアで使われている地図では伝わらない。地図は見る者の認識を規定する。正確な理解には正確な地図が欠かせない。

マスメディア各社は現地に特派員を送っており、少なくとも現場レベルでは実情は把握されているのに、なぜ誤解を招く地図を使うのか。

 

その理由の一端は、日本の外務省のホームページではないかと推測される。というのは、その地図が、ガザ地区とヨルダン川西岸地区全体を自治地域として示しているからである。多くのアラビア語専門家を抱え、現地情勢に精通している官庁が、なぜ誤解を招く地図をつかっているのかは、まったくもって理解できない。より正確な地図を使って欲しいと、機会があるたびに働きかけているのだが、いまだに成果は限られている。テレビや新聞の地図が変われば、日本人のパレスチナ理解が飛躍的に深まるのだが。

 

-了-