『なぜガザは戦場になるのか イスラエルとパレスチナ 攻防の裏側』(ワニブックス)の出版に合わせて2月の初めに受けたインタビューです。

 

 

プーチンのみならず、ネタニヤフも待ち望むトランプのカムバック

勝ち目のないハマスはどうして奇襲攻撃を仕掛けたのか

 

2月6日、イスラエルとハマスの仲介を担うエジプトとカタールを訪れたアメリカのブリンケン国務長官は、人質解放に向けた交渉において、イスラエル側からの提案に対して、ハマス側から回答があったと語るも「デリケートな問題だから」と詳細や内容に関しては明かさなかった。

 

 「課題はあるが合意は可能」と語るブリンケンだが、ハマスとイスラエル以外の国や組織も戦いに巻き込まれ始めている。この戦争はどこまで拡大するのか。『なぜガザは戦場になるのか イスラエルとパレスチナ 攻防の裏側』(ワニブックス)を上梓した中東研究が専門の国際政治学者 高橋和夫氏に聞いた。(聞き手:長野光、ビデオジャーナリスト)

 

 

──本書の冒頭では、2023年10月7日に、ハマスがなぜ越境奇襲攻撃をイスラエルに仕掛けたのかについて説明されています。また、本件に関するメディアの報じ方に違和感があるとも書かれています。

 

高橋和夫氏(以下、高橋):今回のハマスの奇襲攻撃について「サウジアラビアとイスラエルの外交関係の樹立交渉が進んでおり、これを阻止したいハマスが攻撃を仕掛けた」という解説が日本の報道に多く見られました。じつは、これは日本のメディアだけが、そう言っているのではなく、アメリカ政府も同じ説明をしています。

 

しかし、ハマスはこの攻撃を何年も前から準備していたし、サウジアラビアとイスラエルの交渉が進み始めたのはつい最近のことです。タイミングを考えると違和感がある。

 

日本のメディアは事件がないと中東を報じないから、ハマスの攻撃がなぜ起こったのか分からない。しかし、パレスチナのヨルダン川西岸やガザにおけるイスラエル側の土地の収奪や事件はずっと続いてきました。この攻撃は長らく続く弾圧に対する反発です。

 

ハマスは今回の攻撃に「アルアクサの洪水作戦」という名前を付けていますが、ガザにある「アルアクサのモスクが土足で汚されている」と攻撃の理由を説明している。本人たちが語るこういった説明を報じないで別の説明をするのはおかしいと思います。

 

「親亀こけたら皆こける」という言い方もありますが、日本のメディアは海外の出来事を報じる時に、主に英語メディアの報道を参考にするので、英語メディアがこけるとみんな同じ間違いをしてしまう。本来は英語メディアを参考にするばかりではなく、ちゃんと現地の状況を取材して報じるべきです。

 

──外務省が発表しているパレスチナ自治区の地図をメディアは使うけれど、この地図が高校の教科書よりも不正確である、と書かれています。

 

高橋:日本の報道で使われる地図を見ると、ヨルダン川西岸とガザが一色で塗られており、「これがパレスチナ自治区です」という説明がなされています。この地図を見ると、まるで色で塗りつぶされているヨルダン川西岸が、全てパレスチナの土地だという印象を受ける。外務省もこの地図を使っています。(https://www.mofa.go.jp/mofaj/area/plo/index.html

 

しかし、実際はヨルダン川西岸の飛び地のような部分でしかパレスチナ人の自治はおこなわれていません。かつて、アラファトは「パレスチナをスイスみたいな平和な国にする」と語りましたが、実際にパレスチナ人が支配できているのは「スイスチーズの穴のような部分」に過ぎません。あの地図では実態を反映していません。

 

 

不思議なのは、テレビ局も新聞社も、現地特派員を置いています。現地にいる人たちは皆、状況をよく知っているはずです。外務省もアラビア語の専門家をたくさん抱えているし、政府開発援助(ODA)もやっているのに、なぜあんな地図を使い続けるのでしょうか。私はメディアの方々に会うたびに「地図がおかしい」と訴え続けています。

 

──「ガザを支配するハマスと、ヨルダン川西岸を支配するパレスチナ暫定自治政府は対立している」「パレスチナが分裂したままであれば、イスラエルは和平交渉をしたくても相手が存在しないと言い訳ができる」「和平を進めたくなかったネタニヤフにとっては、これは悪くない」と書かれています。

 

高橋:イスラエルからすると、パレスチナの中にファタハとハマスが存在することで「パレスチナの勢力が2つに割れる」「悪くない」という本音があります。だから、ハマスがそれなりに大きくなることを邪魔しないで育ててきた。これが実態です。

 

パレスチナの解放をめぐる運動は、アラファトが率いてきたパレスチナ民族解放運動(ファタハ)が実権を握るパレスチナ解放機構(PLO)という組織がそもそも担ってきました。それほど宗教的な組織ではありません。これに対して、ハマスは宗教的な組織です。

 

──ファタハとハマスは共存してきたのでしょうか? それとも、衝突してきたのでしょうか?

 

高橋:戦っていた時期もあり、戦っていない時期もありました。ライバル関係にあるのは間違いありません。最初ファタハは武力闘争でイスラエルをうち破り、イスラム教徒、キリスト教徒、ユダヤ教徒、皆が一緒に平等に住める国を作ろうと考えました。しかし、やがてそれは難しいと判断して、武力闘争から交渉によって自分たちの国を作ろうと、外交交渉路線に切り替えたのです。これに対して、ハマスは依然として武力闘争でのパレスチナの解放を主張しています。

 

さはさりながら、1993年のオスロ合意以降しばらく和平の動きがあったときは、ハマスも武力行動には出ませんでした。その後、アメリカのブッシュ政権からの働きかけもあり、中東における民主化の動きが始まり、2006年にパレスチナ立法評議会選挙がありました。その選挙でハマスが第一党になりました。

 

しかしながら、アメリカも、イスラエルも、ファタハも、まさかハマスが勝つとは思っていなかったので、驚くと同時にハマスに政権を担当させようとはしませんでした。その結果、選挙に負けたにも関わらず、ヨルダン川西岸を依然としてファタハが支配する状況が続いています。またガザではファタハとハマスが軍事的に衝突します。この戦いでハマスが勝ちます。そして、それ以来ガザを支配しているのです。以来「ガザを実行支配するハマス」という言われ方をするようになったのです。

 

──今もファタハはイスラエルから支持を受けていると考えていいのでしょうか?

 

高橋:ハマスから見ると、ファタハはイスラエルの下請けのような存在です。イスラエルからしたら、ファタハがいて、ヨルダン川西岸を押さえておいてくれれば、自分たちが手を汚さなくて済む。

 

ファタハはあくまでも平和的交渉を主張していますが、ハマスは「お前たちは30年も成果を出せていないじゃないか」と主張しており、ファタハは返す言葉がない。結果的に、ハマスを支持する声がパレスチナでは高まってきたのです。

 

ファタハには日本をはじめ、世界中の政府開発援助(ODA)が流れ込んでいますが、公正に透明に使われているとは言えない状況が続いており、ファタハの幹部関連の企業ばかりが儲けているという印象が持たれています。「アラファトの周りの人だけいい車に乗っている」と言われ、こういった不信感からファタハは選挙で負けました。

 

ところが、ハマスの幹部は選挙の時もおんぼろの車で回り、権力を取っても高級車に乗らない姿勢を強調しました。

 

──ハマスのガザ地区のトップとされるヤヒヤ・シンワルの壮絶な半生と、彼がどうして今回イスラエルから人質を取ろうと考えたのか、について書かれています。

 

高橋:シンワルは親が難民で、今のイスラエルのある所からガザへ逃げてきました。シンワルは、ガザで生まれ育った人です。若くしてハマスのメンバーになりました。かつてはハマスの治安部門を指揮していました。

 

ガザには、ハマスから見れば裏切り者にあたる人たちがいます。ガザの外に出る許可やお金をもらう代わりに、ガザの中のどの住人がハマスのメンバーかをイスラエルに密告する人たちがいるのです。そういう人たちを見つけて処刑する部隊を率いていたのがシンワルです。後にイスラエルに対するテロを画策していたとして拘束されます。長いことイスラエルの刑務所にいました。

 

しかし、ハマスが1人だけイスラエルの兵士を拘束していた時期があります。その1人をどうしても取り返したかったイスラエルは、交換条件で拘束していたパレスチナ人を1000人以上解放します。この時解放された人々の中にシンワルがいました。

 

「イスラエルという国は、自分たちの同胞を助けるためならば、1000人単位でも釈放するのか」とシンワルは、この時に学んだのです。だからこそ、今回の越境奇襲攻撃では大量にイスラエル人の人質を取ったのです。

 

──「ゲリラ組織であるハマスと最新鋭の兵器をそろえたイスラエル軍とが正面から戦っては、ハマスに勝ち目はない」「いずれこの紛争はイスラエルの勝利という形で終わりを告げる可能性が高い」と書かれています。ハマスは当初、どのような落としどころを想定して奇襲攻撃を仕掛けたのだと思われますか?

 

高橋:人質を取れば、イスラエルはそこまで攻撃をしかけてくることはない。ハマスは当初そう考えていたと思います。誘拐した人質を、イスラエルが拘束しているパレスチナ人と交換したい、という考えもあったと思います。ところが、想像した以上に作戦が上手くいってしまった。ハマスはおそらく、イスラエル人の人質を取ったり、イスラエル側に損害を与えたりするという意味で、これほど自分たちの奇襲作戦が成功するとは考えていなかったはずです。

 

今回の攻撃で、ハマスは1200人もイスラエルの軍民を殺害しています。これまで、ハマスとイスラエルが衝突しても、こんなにイスラエル人を殺害することはありませんでした。イスラエルは油断していました。大音楽祭をやっていたし、軍隊をヨルダン川西岸に移しており、ガザ周辺は手薄だったのです。

 

イスラエル側としても、まさか1日で1200人も殺害されるとは思わなかった。1日あたりの死者数でいえば「ホロコースト以来」と言われます。あまりにもショックが大きかった。イスラエルの高官は口にしませんが、いま捕まっている人質が多少犠牲になろうとも「とことんやり返してやろう」という本音があると思います。

 

──すでにガザでも2万9000人以上のパレスチナ人の死者が出ていると言われます。

 

高橋:今回は双方ともに、犠牲者の数がこれまでの衝突と比較して桁違いに多いのです。世論調査を見ると、イスラエルの民衆は「もっとやるべきだ」と戦う姿勢を支持しています。ハマスからあのような奇襲を受けて、身に危険を感じる今の状況は我慢がならないのだと思います。

 

──アメリカのブリンケン国務長官が、パレスチナのファタハの指導者であるマフムード・アッバースと繰り返し会談している、と書かれています。アメリカは、どのように決着を付けたいと考えているのでしょうか?

 

高橋:「イスラエルが短期間で勝つだろう」と最初アメリカは想定していたと思います。イスラエルがハマスを打倒した後に「誰がガザを統治するか」と考えた時に、イスラエルに統治させるのは良くないので、ヨルダン川西岸のファタハに統治させる。パレスチナに統一政権ができれば、その政権がイスラエルと和平交渉を始められる。その結果としてパレスチナ国家ができれば、長らく続いてきたパレスチナ・イスラエル問題の着地点が用意できる。これがアメリカのグランド・デザインだと思います。

 

そのためにはファタハを強くしなければならない。しかし、ファタハはこれまで和平を進められなかったし、汚職も見られ、評判が悪い。そこで、超大国アメリカの国務長官が何度も訪問して「アッバースはすごい」という印象を演出しようとしているのだと思います。同時に、アッバースに対しては、透明な政権運営を求めているでしょう。

 

──もともとアメリカはイスラエルにとても近いですが、ブリンケン国務長官がアッバースに会っていることを、イスラエル側はどう見ていると思われますか?

 

高橋:イスラエルの姿勢は一枚岩ではありません。「パレスチナ人がいるのだから、共存する道を探すしかない」と考える人もイスラエルにはかなりいるのです。「パレスチナ人はいるけれど、国になるのではなく、町内会程度にとどまってほしい」と考える人もいます。ネタニヤフ首相などはそのような考えの持ち主です。同首相から見ると、アッバースを盛り立てるなど馬鹿げた発想だと思います。

 

一方でバイデンはポスト・ネタニヤフを見ている。他方で、ネタニヤフはポスト・バイデンを見ているのです。11月のアメリカの大統領選でバイデン政権が続くかどうかが決まる。結果次第では風向きが変わります。

 

──トランプが勝利した場合、どんな展開が予想されますか?

 

高橋:アメリカの政治状況を見ていると「もしトラ」ではなく、「なりトラ」なんて言い方をしていますが、本当にトランプになる可能性もあります。もしかしたらトランプではなく。トランプになりそうな雰囲気が強まってきています。トランプはとことんネタニヤフと仲がいい。バイデンは親イスラエルだけれど、ネタニヤフとは合わないのです。トランプは親イスラエルな上に、ネタニヤフともすごく合う。

 

オバマ大統領時代、バイデンは副大統領でした。オバマは最初パレスチナ・イスラエル間の和平を実現しようとして、イスラエルに対して入植をやめるよう働きかけました。入植凍結を要求する特使としてバイデンはイスラエルを訪問した。ところが、まさにその当日、イスラエルは入植地を増設する発表をしてバイデンの顔を潰したのです。両者は因縁の仲です。

ちなみに、結局は、このオバマ政権はパレスチナ和平は途中で放棄します。イラン核問題に外交努力を集中したのです。

 

一時期は下野していたネタニヤフが、2022年にネタニヤフが政権に復帰しました。しかし、バイデンはネタニヤフをホワイトハウスに招待していません。イスラエルの首相はホワイトハウスに招かれるのが慣例ですから、異常事態です。国連総会のときに両者は少し会っている。玄関からは入れないで、お勝手口でちょっと注文を聞いているような関係でしょうか。ところが、バイデンは、いまや急に態度を変えて、ネタニヤフを抱きしめにいっています。

 

──パレスチナに加勢するイラン、イエメンのフーシ派、レバノンのヒズボラなどが、イスラエルやアメリカ軍を威嚇し始めていることについて書かれています。「イランもヒズボラも本気で戦争をする気はない」と書かれていますが、こういった国や組織の動きから、今後どういった展開が予想されますか?

 

高橋:バイデンは選挙前に新しい戦争を始めたいとは考えていないし、イランも本気でアメリカと戦争したいとは思っていません。しかし、あれだけハマスが攻撃されているのを見殺しにはできない。そこで、ときどきミサイルを放ったり、射程の短いロケット弾を撃ったりして威嚇しているのです。

 

しかし、事故は起こります。1月28日のアメリカの発表によれば、イラクやシリアの親イランのゲリラが、ヨルダンとシリアの国境付近にある米軍基地にドローン攻撃を行い、アメリカ兵が3名亡くなり、40名以上が負傷しました。こういうことがあると、アメリカとしては報復しないわけにはいかないのです。

 

アメリカはどの程度報復するか悩んでいるところです。イランと戦争はしたくないけれど、国民には報復したところを見せなければならない。

 

──大きな話にならないように仕返しをしなければならない。

 

高橋:そうです。そして、仕返しをなるべく大きく見せなければならない。だから、事故を起こす可能性が常にあるのです。イランはチェスの駒をさすように、本当に爆発しないように慎重にやっているつもりでも、駒のほうが言うことを聞かなくて、勝手に動くこともある。フーシ派などは、イランがけしかけているというよりも、自分たちが張り切って戦い始めている節があります。

 

フーシ派はイスラエルに向けてミサイルを撃ちました。大半が撃墜されて、大きな脅威とはなっていません。しかし、フーシ派はこれに続いて、イスラエルに向かう船舶を攻撃し始めた。アメリカも対応しないわけにはいかなくなり、2月の頭からフーシ派に攻撃を始めています。

 

フーシ派はミサイルを地下に隠しているので、アメリカの攻撃は効果がなく、威嚇に過ぎません。フーシ派もアメリカ軍に攻撃を開始していますが、軍艦には当たっていないので、やはり威嚇のレベルです。しかし、もしアメリカの駆逐艦などに命中したら、アメリカは報復を強めなければならない。

 

ヤクザの抗争で、組長がいないことが分かっていて、組長の家に銃弾を撃ち込んだりするのと似ています。まかり間違って組長がいて、本当に当たったりしたら大変なことになるでしょう。