イスラエルのガザへの陸上侵攻を前に、とりあえず、インタビュー風に解説してみました。

 

 

■2023年10月7日にハマスがイスラエルに対して、陸、海、空からの複合攻撃をかけかけました。3500発から5000発のロケット弾攻撃、壁を打ち破っての、イスラエル支配地域への侵入と破壊、人質の確保など、量質ともに、かつてない規模の奇襲攻撃を行いました。このハマスの攻撃の理由と目的は?

 

 一番の理由は、ハマスが自分で言っているように、エルサレムの聖地、アルアクサ・モスクがイスラエル人に汚されてきたことへの怒り、それから、ヨルダン川西岸地区におけるパレスチナ人に対する人権を無視したイスラエル側の行動、そして、ガザの封鎖が続いているという状況、こうした状況に対する怒りが爆発したと見ています。

 

 この点が、日本で十分に報道されてこなかったので、唐突感を覚えておられる方が多いようです。ガザは、いつか爆発すると予想していました。爆発自体は驚きではありません。

 

 

■『ウォール・ストリート・ジャーナル(WSJ)』紙が「スクープ」を出して、ハマスの作戦にイランが直接に関与したと。またハマスが単独で実施したというのは考えにくい、という意見については?

 

 まず、思い出すのは、アメリカ同時多発テロが起こった時、アルカイダがやったという議論に対しての一部の反応です。一部の言説は次のようでした。つまり、アラブ人が、あんな手の込んだことをできるはずがない。それを思い出しました。同様にハマスには、単独では、あれほど巧妙かつ大規模な作戦はできないという人種差別的な感覚を、こうした意見からは受けてしまいます。

 

 イランは、ハマスを支援してきたし、今回のハマスの行動に対しても理解を示していますが、具体的にハマスにイランは指示を出していないと思います。

 

 『WSJ』の報道も、否定的にとらえています。理由は3つあります。

 

 1つは、これを機にアメリカとイランの戦争を引き起こそうという人たちがいて、しきりに、こうした報道を出して、イランを今以上に悪者にしようという動きがあります。『WSJ』の記事も、その流れの一つだと思います。

 

 なぜ、この『WSJ』の記事に納得しないかという第二の理由は、イランとハマスとヒズボラの指導者が定期的に会ったら、イスラエルのモサドが必ず察知して、追跡しますから、イスラエルが奇襲を受けてびっくりするということはありえません。

 

 イスラエルは、イラン国内で、核関連施設にサイバー攻撃を仕掛けたり、秘密文書を持ち出したり、技術者を暗殺したり、やりたい放題ですね。イスラエルは、非常に強い情報能力をイランにもっているので、イランが動いたら、すぐにばれてしまったのではないかと思います。特に会合の場所がレバノンとされています。ここはイスラエルの諜報機関が昔から活動しているので知られています。

 

 3つ目の理由は、『WSJ』に特ダネを書いた記者の一人は、これまでもひどい記事を書くというので、いい加減だというので、最近、『ロイター』を首になったばかりの人です。

 

 こういう記事は、匿名の情報源によると、と書くわけですが、この人は匿名の情報源をでっち上げている可能性がかなり高いのではないかと思います。

 

 さらに言うと、イスラエルの情報当局も、アメリカの情報当局も、イランが直接に関与した証拠はない、と言っており、イランも全否定なのです。こうした状況を考えると、これはガセネタかなと思います。

 

 

■イスラエルが、ハマスのこれだけの大規模な奇襲準備に気がつかなかったのは不自然ではないか、という議論もあります。たとえば、重信メイさんは、「イスラエル側が知らなかったはずがない」というイスラエルのジャーナリストや中東の報道を複数引用しています。これについては?

 

 私も非常に奇妙だなとは思っています。一部の情報では、エジプトの情報機関がイスラエルに危ないよと伝えたという報道もあります。やはり、これは、情報はあるけれど、イスラエルの政治指導部が、そんなことはありえないと思い込んでいて、そうした情報を無視したのではないかなと思います。

 

 50年前の1973年の10月6日に、エジプト軍とシリアが奇襲攻撃をしました。この時も、イスラエル側は、奇襲があるよ、という情報は提供されていました。モサドが情報を得ていたのですが、政治指導部はそんなことはありえない、と判断して動員をかけるのが遅れて奇襲されてしまったのです。ありえないという既成概念で見てしまうと、情報が上がってきても、それを受け入れられなかったのかなと思います。

 

 

■ハマスはスンニ派の組織です。イランはシーア派です。スンニ派とシーア派は、宗教の内容的に見ると、全然、違うという印象があるのですが?

 

スンニ派とシーア派は、どれくらい違うかという議論ですが、私に言わせると、そんなに違わないと思うんですよ。セリーグとパリーグぐらいですよ。DHがいるかないかの違いですよ。神様がいて、ムハンマドが予言者で、ということで、そんなに違いはありません。

 

 スンニ派とシーア派の違いを強調するのは、あまり理解に役立たないなと思っています。

 

 それから、イランはシーア派で、重要なことは、ペルシャ人の国でアラブ人の国じゃないですよね。そのイランが、アラブ世界に影響力を伸ばそうとすると、やっぱり、アラブ人が興味のあることを取り上げる必要があります。それはやっぱり、パレスチナの大義であり、パレスチナ解放ですよね。

 

 そういう意味で、イランはハマスにも支援してきたわけです。ハマスに言わせると、ハマスにも支援してくれているけれど、イランと同じシーア派のヒズボラの方にたくさんお金が行っているじゃないか、こちらへもっとよこせという気持ちはあるようですね。

 

 

■イスラエルがハマスに宣戦布告をしました。アメリカは空母を派遣するという発表をして、ヒズボラも呼応してイスラエルに攻撃をかけている状況です。これらが、第3次インティファーダや第5次中東戦争へ発展する可能性について?

 

 可能性はありますが、高くはないと思います。

 

 一つは、ヒズボラとイスラエルですが、ヒズボラは撃っているんですが、本気では撃っていないのですね。ヒズボラはミサイルをたくさん持っているのに、それは余り使っていない。何かやらないと、ハマスに申し訳ないというので、アリバイ、ご祝儀、お付き合いでやっているという状況です。ヒズボラは、明らかに、参戦はしたくないと思っている。

 

 アメリカが航空母艦を送ったのは、ヒズボラを牽制するためです。ヒズボラにしてみれば、アメリカの航空母艦が牽制に来ているのだからということで、本格的に参戦しない理由にはなるかもしれないですね。アメリカもヒズボラも『歌舞伎』をやっているという感じがします。

 

 基本的には、誰もやりたがっていないのですが、ただ、戦争が始まったら、計算違いとか、事故で大きな戦争に広がっていく可能性は常にあります。

 

 

■ハマスの攻撃でアメリカ人が数名死亡し、数十人のアメリカ人が人質に取られたという情報もあります。アメリカが直接、この紛争に介入する可能性は?

 

 可能性は否定できないですが、アメリカが介入しなくても、イスラエルが圧倒的に強いわけですから、イスラエルの軍備が足りないから、アメリカが助けに行くという状況ではないですよね。アメリカの助けを借りなくても、イスラエルはパレスチナ人を皆殺しにするくらいの力は持っています。

 

 ハマス対イスラエルは、巨人対阪神くらいの感じで、同じくらいの力を持つものとして語られていますが、イスラエルとハマスと言ったら、ニューヨーク・ヤンキースと荒川リトルリーグくらいの力の差があります。

 

 そこのところのバランス感覚が、現在の報道には抜けています。今回、ハマスがやったことが凄いのは、イスラエル側の犠牲が多いのと、あんな力の弱い、要するにAK47(※注:1949年に旧ソ連軍が制式採用した自動小銃)をもった人たちが、F16(※注:ジェネラル・ダイナミクス社(現ロッキード・マーティン社)が開発した多用途戦闘機)をもったイスラエルに、一泡吹かせたというところです。イスラエルがハマスを制圧するのに苦労するとか、そういうことはありえません。

 

 

■この攻撃は、アメリカが仲介して進んでいるサウジアラビアとイスラエルの和平交渉にどのような影響を及ぼすのか?

 

 これは、もともと難しかったと思います。ますます、難しくなった。これから、どんどん、イスラエルが、パレスチナ人を殺すわけです。その絵が世界中のテレビやSNSに今流れているわけですよね。

 

 イスラム教のリーダーたるサウジアラビアが、パレスチナ人を殺しているイスラエルと関係を樹立できるかというと、普通の感覚からしたら、ちょっとありえないですよね。ですから、難しくなったと思いますね。

 

 

■ハマスへの民衆支持に関する疑問ですが、政党であり、同時に、社会福祉的な活動を担ってきたと言われていますが、今回の奇襲作戦に関して、民衆の支持はあると考えていいのか?

 

 そこは、難しいですね。2006年に選挙やったら、ハマスが勝ちました。その時点で過半数の人がハマスに票を入れたのは確かです。それから、十数年経って、依然として、ハマスの人気が高いのかどうかはわかりません。

 

 ハマスの兵士になって戦って死んでいく人がたくさんいるわけですから、支持は、基礎票はたくさんあるわけですが、本当に、ガザの人たちの大半がハマスを支持しているかどうかはわからないですね。

 

 なんでこんな連中に権力渡しちゃったのかなと思っている人がいても、今さら、ハマス止めてくれとは言えないですよね。ハマスが過激なことをやらなければ、イスラエルの封鎖も柔らかくなって、自分たちの生活も良くなるのにと思っている人も多いと思います。依然として、ハマス支持の人もいて、そうじゃない人もいて、そうじゃない人が増えてきているのかなと思います。

 

 

■今後の見通しなんですが、仲裁に入る可能性のある国として、中国やトルコ、ロシアなどが考えられると思いますが、この紛争の行方について?

 

 おそらく、二度とハマスが、こんなことを起こせないようにしたいというのが、イスラエルの気持ちですから、イスラエルの陸上部隊がガザに入ると思います。問題は、いつ、イスラエルは、その作戦を開始するのか、どのくらいの期間がかかるのか、ガザの一部を占領するのか、全部を再占領するのか、そういう問題だと思いますね。

 

 人質が取られていますから、当然、人質に犠牲が出る可能性はあるのですけれど、それでもやるか、ためらうか、というところだと思います。イスラエルの世論的には、ハマスを全滅させるためには、人質の犠牲はやむを得ないという方向に傾きつつあると思います。

 

 

■このシナリオは、ハマスは想定できたと思うんですが、つまり、こうした奇襲はハマスの殲滅を招くという想定ですが、それにも関わらず、このタイミングで奇襲を行ったのは、読みが甘いというか、間違ったのか?

 

 たしかにそうです。合理的ではないのですね。もしかしたら、ハマスが思っている以上に作戦が成功してしまって、たくさんの人を殺してしまったのかも知れません。またハマスは100人以上も人質とっているのだから、これを人間の楯にしたら、イスラエルは侵攻してこないと計算したのか、とも思います。

 

 ただ、基本的に、ハマスという人たちは、合理的だからやっているわけではないのですよね。銃持ってイスラエルに抵抗しても、勝てるわけはないのですが、戦わざるを得ない。

 

 俺たちは、追い詰められて、どうせゆっくり殺されるんだったら、戦おうという人たちで、戦って死ねば天国に入れるんだから、と。

 

 来世も込みで考えれば、合理的ですよね。この世の中だけで考えれば、合理的じゃないのですが、負けてもいいから、殉教してもいいから、戦おうという人たちは、それなりの数はいます。

 

 それだけ、状況がひどいのです。希望があって、いい生活ができるのだったら、長生きしようと思うのでしょうが、どうせイスラエルにつかまって殺されるかもしれない、食べ物もない職もない惨めな生活を強いられていて、じゃあ、戦って、憎いイスラエル兵を1人でも2人でも殺して、どうせ殺されるのだから、今死のうと思う人がたくさんいても不思議ではないですよね。

 

 ハマスを突き動かしているものは、「絶望」です。

 

 イスラエルにとっての問題は、ハマスに勝った後です。ガザをどうするのか。直接統治するのか。ガザの人たちを使って間接統治するのか。あるいはヨルダン川西岸のパレスチナ暫定自治政府にやらせるのか。イスラエルの指導層の間では、議論が進んでいないようです。