”ためらう”バイデン政権

 

2022年2月にロシアがウクライナに対する大規模な軍事侵攻を開始して1年がたつ。この軍事衝突が、大詰めを迎えていたイラン核合意の再建交渉に大きな影響を与えた。

 

その影響の議論に入る前に、そもそもイラン核合意とは何かを振り返っておこう。そして、なぜ核合意の再建が必要になったのかを押さえておこう。さらには、その再建交渉の過程を跡付けておこう。さて2002年イランが秘密裡に大規模な核開発を行っている事実が暴露された。イランは、平和利用であると主張した。だが、米国などは軍事転用の疑惑を抱いた。英仏を始め中国やロシアが米国に同調したため、国連の安保理はイランに対する制裁決議を採択した。また米国の共和党のジョージ・ブッシュ政権はイランに対する独自の経済制裁を課した。

 

2009年に就任した民主党のバラク・オバマ大統領は、イランとの交渉を行った。そして2015年にはJCPOA(包括的行動計画)と呼ばれる合意に達した。これはイラン核合意として知られている。この合意でイランは核開発への大幅な制限や厳しい査察の受け入れに同意した。また米国など安保理常任理事国5か国と独は、制裁の撤廃に合意した。

 

ところが2018年に米国の共和党のドナルド・トランプ大統領が一方的に合意から離脱し、イランに対する制裁を再開強化した。やがてイランも合意で定められていた制限を超えたウラン濃縮を始めるなど対抗措置を取った。

 

イランとの緊張関係を外交の遠景として争われた2020年の米国大統領選挙では、トランプの外交を批判し核合意への復帰を訴えた民主党のジョー・バイデンが、勝利を収めた。バイデンはオバマの副大統領だった。そして2021年1月にバイデン政権が誕生した。直ぐにもイラン核合意の再建の交渉が始まると期待された。だが、この問題に関してバイデン政権は動かなかった。なぜなのか。イスラエルなどの合意に反対している諸国の了解を得ようと時間を使ったのか。恐らくバイデンは国内関連の重要法案の成立を最優先し、この問題を後回しにしたのだろう。

 

バイデンの議会での足場は弱い。というのは議会での民主共和両党の議席が拮抗していたからだ。バイデン政権の発足期には民主党が上下両院の多数派を占めていた。しかし、この多数というのが、頼りなかった。下院では民主党は共和党をわずかに10議席上回っているにすぎなかった。つまり下院では民主党内で5人が反乱を起こせば法案は通過しない。米国議会では議員の独立性が強いので、バイデンは細心の注意を払っての議会運営を迫られた。上院では、民主党と共和党の勢力は、もっと均衡していた。というのは民主共和両党の議席数が同数と均衡していたからだ。ただ票決で賛否が同数になった場合には副大統領が投票する仕組みになっている。カマラ・ハリス副大統領が当然ながら民主党なので、何とか1票差で民主党が多数を押さえているという危ない状況である。上院では民主党の議員が1人でも反対すれば法案は廃案になる。民主党の上院議員の1人1人がバイデン大統領に対して拒否権を有しているようなものである。しかも民主党の院内総務のチャック・シューマー上院議員や同じく民主党のロバート・メネンデス上院外交委員会委員長などの有力議員がイラン核合意に反対してきた経緯もある。上院では、バイデンは腫物に触るような対応を迫られた。

 

米国議会に対するイスラエルの強い影響力を踏まえると、イラン問題での譲歩はバイデン政権の他の重要法案の成立の脚を引っ張る結果になりかねない。しかも、バイデンの人気は低迷したままだった。バイデンがイランとの交渉の開始を「ためらった」背景だろう。

 

>次回につづく