認知の罠(わな)

 

結果と比べると、ローゼンバーグの予測は、お見事というしかない。だが不思議である。 選挙結果を当てたのはローゼンバーグなどの少数だが、その依拠したのは、誰もが触れられるデータだった。銃の連射事件の続発も妊娠中絶を巡る議論も、あるいは補欠選挙での民主党の善戦も、いずれも周知の事実だった。その点からいえば、中間選挙では政権与党が議席を減らす傾向もそうだし、インフレが与党に不利になるというのも共有された事実である。

 

だが結論から言うと、識者の大半は共和党有利という議論を補強するデータのみを重視した。問題はデータではなく、データを取り込む以前の認知の構造である。共和党優位という思い込で分析を始めると、その議論に沿ったデータのみに依拠してしまう。人は見たいものを見る、耳に入れたいものを聞く。もっと言えば、それ以外の情報は取り込もうとはしない。ある認識を受け入れてしまうと、その理解をくつがえすような事実は邪魔に感じる。サイモン・ローゼンバーグではなく、サイモンとガーファンクルというバンドのヒット曲に「ボクサー」がある。その詩の1節に「それでも人は聞きたいことだけを聞き、その他は耳に入らない」という言葉がある。多くの分析者に言及しているかのようである。自戒の念を込めて、この言葉を受け止めておきたい。

 

この点で特に示唆的だったのは、選挙前投票が始まってからである。選挙前投票では民主党が有利であるとのデータが出始めた。というのは実際の開票が行われなくとも、出口調査などで大きな流れが推測できるからだ。それでも多くの識者は、選挙前投票は重要ではないとの立場を取って、そのデータを無視し共和党の大勝という主張を撤回しなかった(※1)

 

軍事史の専門家は、よく次のように言う。将軍たちは過去の戦争に備える。つまり過去の戦争の経験から、同じような戦争を想定して準備をするのだが、多くの場合には次の戦争は新しい形で戦われ、驚かされる。たとえば第一次世界大戦はヨーロッパでは塹壕戦だった。そこでフランスは第二次世界大戦前に事前にマジノ線と呼ばれる強大かつ長大な地下要塞をドイツ国境線に建設した。ところが第二次世界大戦では空軍力と戦車による戦争が戦われ、マジノ線は簡単に迂回されてしまった。

 

同じように今回の中間選挙においても、投票率が低い、政権与党が負けるという過去のデータに依拠した予測が、くつがえされてしまった。ローゼンバーグは言う。「全ての選挙はユニークだ」と(※2)

                         

(※1)https://www.youtube.com/watch?v=wsGgXSwm_CE アクセス 2023年1月10日(火)

(※2)

https://www.theguardian.com/politics/audio/2022/oct/07/democrats-us-midterm-elections-november-politics-weekly-america-podcast アクセス 2023年1月10日(火)

 

 

>次回につづく