ナンシー・ペロシ米下院議長の台湾訪問の解説を幾つか読んでいて、分析に欠落感を覚えましたので、自分で書いてみました。

なお選挙区の重要性に関しては辛坊治郎さんがサラっと言及していました。流石(さすが)だなと思いました。


中間選挙前に


アメリカ連邦下院議長の民主党のナンシー・ペロシ議員が8月2日台湾を訪問した。翌3日ペロシ下院議長は、台湾の蔡英文総統と会談し、その後の共同記者会見で、従来の「1つの中国」政策は堅持するとした上で、「台湾との連帯はかつてないほど重要だ。われわれは現状維持を支持している。武力によって台湾に何かが起きることは望んでいない」と語った。そして、その日のうちに台湾を離れた。


アメリカ議会の要人の台湾訪問に中国政府は強く反発し、台湾周辺での大規模な軍事演習を開始した。この訪問の意味や意義に関しては様々な評価がある。ここでは、評価ではなく、なぜ、今、ペロシ議長が台湾を訪問したかを考えたい。


まず、なぜ、今なのかというタイミングの問題である。もちろん8月は、議会の夏休みだからである。海外訪問には、今が好都合である。だが、それ以上の理由もありそうだ。それは11月の中間選挙である。通常、中間選挙では大統領の党、与党が議席を失うのが通例である。アメリカの有権者のバランス感覚の成せる業なのだろうか。となるとジョー・バイデン大統領の民主党の苦戦が予想される。それでなくとも物価の上昇や新型コロナウイルスの新たな波の襲来などで、バイデンの支持率は3割台に低迷している。不人気な大統領の下で闘う同党の議員には厳しい選挙となるだろう。現在の下院では民主党の議席は、わずかに10議席だけ共和党を上回っている。ということは、共和党は現在より5議席多くとれば、議席数で民主党と並ぶ。6議席以上なら共和党が過半数を占める。共和党が過半数の議席を取れば、もちろん下院の議長は共和党の議員になる。十分に起こりそうなシナリオである。


また民主党内でも長年のペロシ議長への「飽き」という感情が広がっている。齢80を超える同議長の近い将来の引退さえ噂されている。下院議長として台湾を訪問したければ、ある意味では「今」しかなかったわけだ。台湾も、ただのペロシ議員ではなく、下院議長のペロシの訪問を熱望していたであろう。これは、ペロシにとっては自分の長い政治家生活の記念碑にもなるだろう。最近、良く使われるカタカナ英語ならレガシーだろうか。


台湾ロビー


それでは次に、そもそも、なぜペロシは台湾を訪問したのだろうか。ホワイトハウスや米国防総省は、中国との緊張を高めるとして、この訪問に必ずしも賛成ではなかったと伝えられている。それなのに、なぜ同議長は台湾を訪れたのか。


この問への答えのヒントはワシントンとサンフランシスコにあるのではないか。ひとつは首都ワシントンにおけるロビー活動である。多くのロビーイストが台湾のために働いている。台湾のロビーイストがペロシの事務所に20回近くも接触した事実が知られている。また2019年にはペロシは非公開ながら台湾の総統と会談している。


加えて台湾は多額の資金をアメリカシンクタンクと呼ばれる研究所に寄付している。多くのシンクタンクが台湾からの資金の恩恵を受けている。その中にはブルッキングス研究所やハドソン研究所といった日本でも名前の知られたシンクタンクもある。そうした研究所の研究者たちが、台湾との関係強化を求める報告書を執筆し、メディアで台湾を擁護している。その中には元国防長官などの大物も含まれている。こうしたシンクタンクが、親台湾の知的な雰囲気を醸し出す役割を担っている。旗振り役を演じている。つまり、ペロシの台湾訪問は突然に起こったのではなく、長年にわたる台湾ロビーの活動の成果である。


すべての政治は地域政治


ペロシの台湾訪問を説明する第2のヒントはサンフランシスコである。ペロシはカリフォルニア州の連邦下院の第12選挙区選出である。選挙区全体がサンフランシスコ市に含まれている。選挙区の人口は80万人弱である。その内の3割以上がアジア系である。その内の多くは中華系である。中華系の存在感の象徴が、サンフランシスコにある全米で最大規模のチャイナタウンである。その中華系の内の、かなりの部分は台湾系である。ペロシの台湾訪問は、この選挙区の人々への配慮でもあろう。アメリカの政治を語る際に、ペロシのように下院議長を務めた民主党のティップ・オニールの次の言葉が良く引用される。つまり「すべての政治は、地域政治だ!」


ペロシの台湾訪問という大きな外交的な事件の背景は、サンフランシスコのローカルな政治の風景である。


―了―