トランプは孤立主義的であり、対外軍事関与を嫌っている。この人物の2016年の大統領選挙のスローガンは「アメリカ・ファースト」であった。その意味は米国の国益が最優先である。具体的には、死活的な国益がかかっていない場所では米軍の将兵が血を流さないという意味である。


トランプの選挙での勝因の一つは、01年に始まった対テロ戦争への国民の疲れである。想像してほしい。同時多発テロに襲われて以来、米軍はアフガニスタンで、イラクで、シリアで戦い続けている。01年といえばイチローが大リーグで活躍を始めた年である。そのイチローは18シーズンを経て、今年3月に引退を表明した。ところが米軍の戦争は、19年目に入っている。いかに長く米国が戦い続けて来たか分かるだろう。アメリカ・ファーストというスローガンが有効だったはずである。16年の大統領選挙ではイラク戦争を支持したライバルたちを、このスローガンでなぎ倒した。共和党の有力政治家ばかりでなく、民主党のヒラリー・クリントンも上院議員時代にイラク攻撃に賛成の票を投じていたからだ。


トランプの海外での戦争を忌避する傾向が良く見えるのは、例えば北朝鮮への対応である。あれほど罵った金正恩委員長と交渉している。


ところがトランプの周辺にはイランとの新たな戦争に米国を引きずり込もうとして人々がいる。イランのモハメッド・ザリーフ外相がBチームと呼ぶ人々である。


まず対イラン超強硬派で知られる国家安全保障問題補佐官のジョン・ボルトンがいる。ボルトンのBである。この人物は政権入り前にはイランの体制転覆を訴えていた。そして、イスラエルのネタニヤフ首相がいる。トランプを説得してイランとの核合意からの離脱を決断させた人物である。ネタニヤフ首相は、過去にイラン攻撃を主張したことが知られている。このネタニヤフのファースト・ネームがベンヤミンである。Bで始まる。さらに、サウジアラビア皇太子のムハンマド・ビン・サルマンとアラブ首長国連邦のムハンマド・ビン・ザイード皇太子がいる。どちらもビンでBがつく。サウジアラビアとアラブ首長国連邦はイエメンに軍事介入し、イランの支援を受けるフーシー派と戦っている。ウィキリークスが暴露した米国務省の電報によれば、過去にサウジアラビアは米軍によるイラン爆撃を主張している。


このボルトン補佐官、ネタニヤフ首相、ビン・サルマン皇太子とビン・ザイード皇太子の4人からなるBチームが内外で呼応してトランプ政権を対イラン強硬路線へと導いてきた。その結果、米国はイラン周辺への空母と戦略爆撃機の派遣などの強硬策を発動した。


トランプの本来もっている孤立主義的な性向とBチームの対イラン強硬路線が衝突している。心配なのは、大統領自身が戦争を望まないにしても、Bチームの創り出した緊張した状況下での偶発的な開戦である。つまり、事故による戦争である。


※『経済界』2019年8月号74ページ掲載