アラブ諸国は表向き、「パレスチナの大義」や「アラブの統一」、「イスラエルによるパレスチナ占領への反対」という建前を掲げてきたが、現実にはイスラエルと交流している。最近は、サウジアラビア要人のイスラエル極秘訪問が伝えられたり、イスラエルでの自転車レースにアラブ首長国連邦(UAE)の選手団が参加したりするなど、建前もおぼつかない。国家として米大使館エルサレム移転に本気で反対するアラブ諸国はほとんどないと言えるくらいだ。


サウジはイスラム教の聖地であるメッカやメディナを抱え、イスラムの守護者という立場だ。ヨルダン王家は預言者ムハンマドの血を引く家系だと主張している。そんな両国がイスラム教第三の聖地エルサレムを守れず、大使館を移した米国に抗議するどころか、米国から支援を受けて何とか生き延びている―。その事実はイスラム的な正統性を大きく傷つける。


国家と民衆レベルではイスラエルに対する感情が異なる面がある。アラブ民衆は決してイスラエルが好きなわけではなく、イスラエルの占領政策も是認していない。サウジやヨルダンの政府が大使館移転を黙認したことによってすぐに両国の政権がひっくり返る事態にはならないが、将来自国経済が立ち行かなくなるなどの時、イスラム的正統性を損なったことが政権崩壊の遠因となる可能性もある。長期的な視野に立つと、サウジやヨルダンなどの親米政権は打撃を受けることになるだろう。


影響はアラブ世界にとどまらない。エルサレムはイスラム世界全体にとって問題だ。世界最多約2億人のイスラム教徒を擁するインドネシアでも反米デモが起きている。大使館移転によって世界のイスラム国家で反米的な雰囲気が醸成され、米国は自らの足場を崩していくことになるだろう。


ヨルダン川西岸とガザ地区にパレスチナ国家をつくることがパレスチナ問題の落としどころと長らく考えられていた。だが、トランプ政権になり、解決の道筋は全く見えなくなった。現状ではパレスチナ側が受け入れられる形での和平は不可能だろう。パレスチナ側は米国に見切りをつけ、国際的枠組みでの解決を主張しているが、米国が参加しなければ合意は難しい。交渉しているのはイスラエルとパレスチナであり、イスラエルが譲歩するしか解決の方法はない。そして、イスラエルに言うことを聞かせられるのは米国だけだ。


米世論は変化しているので希望がないこともない、米国の若いユダヤ人の中には「パレスチナ人に対する正義なくして和平はない」と訴える層も少なからずいる。米国内で世代交代していく中で、イスラエルやパレスチナに対する見方が変われば政治も変わる。欧州ではすでに認識の変化が現れてきており、イスラエルに対するボイコット運動も盛り上がっている。


2020年の次期米大統領選で政権が代わり、イスラエルによる占領地での入植地建設を抑える政策を打ち出し、和平再生に向かう―というのが、想像し得る限り最良のシナリオだろう。米国が変わればイスラエルも変わる可能性がある。

『毎日新聞』5月15日朝刊に掲載されたインタビューです。