トルコの憲法改正に関する国民投票が本日行われる。トルコとの時差が6時間なので、日本時間では本日の午後に投票が始まる。投票数の過半数が賛成であれば、この憲法改正が認められ、大統領の権限が大幅に強化される。議院内閣制により象徴的な現在の大統領ポストが、米国のように強い権力を持つ実質的な存在に変わるのだ。


具体的には首相職が廃止される。そして大統領には閣僚や最高裁の裁判官を任命したり、大統領令を発したりする権限が与えられる。大統領の任期は2期10年まで。仮に憲法が改正されると、その憲法下での大統領選挙は2019年に行われることになり、今のエルドアン氏は29年まで在任するだろう。つまり、欧州と中東にまたがる国に、途方もなく強い権力を持った大統領が生まれる。米国型の大統領というよりも、ロシアのプーチン氏に近い存在にエルドアン氏はなるだろう。


■人気の大統領


改正への賛否に関する世論調査の数値は拮抗しており、その結果は予断を許さない。ここで注目したいのは、なぜエルドアン氏が、これほどまでに人気のある政治家なのだろうかという点である。いずれの結果が出るにしろ国民の約半数が、この人物に強い権限を持った大統領になってほしいと思っている。この事実は動かない。


その権限基盤は、02年から一貫して政権を担当している公正発展党である。その人気の理由は、この公正発展党の政権与党としての実績である。政権担当以来、同党は経済を圧迫していたハイパーインフレを退治したのをはじめ、めざましい経済発展を達成した。


特に重要なのは、最大都市のイスタンブールや首都アンカラなどの都市周辺のスラム街に生活していた人々の生活を改善した一連の施策である。こうしたスラム街の建物は「一夜建て」(ゲジェコンドゥ)と呼ばれ、行政サービスの網の目から、完全にこぼれ落ちていた。ところが同党は低所得者層のために実に45万戸の住宅を建設した。また自家用車を持たない層が都市の中心部へ通勤しやすくなるために、バス専用レーンを設定した。日本風に言えば、徹底した「どぶ板」活動で「田舎者」とさげすまれていた農村部出身者の心をとらえた。


同党の施策の恩恵を受けてきた層は、投票によって報いてきた。また軍の一部による昨年のクーデター騒ぎの際は、難を逃れたエルドアン大統領の訴えに応えて街に出て、体を張って素手で戦車に立ち向かった。公正発展党への支持の熱さが見えた場面であった。エルドアン氏の率いる公正発展党は、しばしば親イスラム政党として言及されるが、それは同時に貧民層の支持を受けた「スラム」党でもある。これがエルドアン氏の人気の源泉である。


■国内外に懸念


だが、庶民の熱い支持を受けるエルドアン氏への、これまで以上の権力の集中を問題視する声は根強い。それはトルコ国内にもあるし、その強権的な手法に反発してきた欧州諸国でも強い。現在の大統領には、形式上は限定的な権限しか与えられていない。しかし実質上、与党の公正発展党の掌握を通じて議会を支配している。また与党を支配しているので、法的に大統領以上の権力を与えられている首相といえども、実際にはエルドアン氏の意向に逆らうことはない。つまりエルドアン氏は立法府と行政府の両方を牛耳っているのだ。


しかも昨年のクーデター未遂事件以降は、クーデターに関与したとして多くの裁判官や検事などを公職から追放して司法をも掌握した。それに加えて、多くの軍人を拘束したり追放したりした。多くの教員も同じ目にあった。極め付きは、政府に批判的なジャーナリストを次々と投獄し、新聞を廃刊に追い込んだことだ。かくのごとくトルコ社会全体にエルドアン氏の支配が及んでいる。


形式上は象徴的な存在のはずが、すでにエルドアン氏はこれほどの力を持っている。そうした実質に、憲法改正が形式を与える可能性がある。もし認められれば名実共に強力な大統領となる。国内では、オスマン帝国時代のスルタンの再来と評されている。民主主義には居心地の悪い時代が来るのだろうか。


※2017年4月16日(日)の信濃毎日新聞「多思彩々」に掲載されたものです。