良くメディアで語られる構図に従えば、シリアの問題は代理戦争であり、アメリカの支援する反体制派とロシアやイランが支援するアサド政権が対立してきた。しかし、じっさいはそうではない。ロシアやイランがアサド政権を本気で支えてきたのに対して、欧米やトルコの反体制派支援は本腰ではなかった。オバマ大統領の自己認識は、次のようなものであった。


自分はアフガニスタンとイラクの戦争から手を引くために国民に雇われた大統領である。シリアで新たな戦争を開始するのは自分の仕事ではない。


オバマは反体制派に対する限定的な援助は行ったが、アメリカのシリア空爆とはならなかった。とくに2013年にシリア政府が、すなわちアサド政権が化学兵器を使用した時の対応は議論を呼んだ。


それまでオバマは、もし大規模な化学兵器の使用があれば、それがアメリカにとってのレッド・ライン(赤い線)であると主張していた。つまり、越えてはいけない一線であり、それをアサド政権が越えればアメリカは大規模な軍事介入をするという意味だと受け止められていた。しかし、化学兵器の使用にもかかわらずアメリカは軍事力を行使しなかった。反体制派は、オバマがアサド政権を倒してくれるだろうと期待していた。少なくとも大きな打撃を加えてくれるだろうと見ていた。しかし、オバマは周辺の助言を退けて介入しなかった。


それに比べるとロシアのプーチン大統領はアサド政権が危ういと見ると介入し15年9月からの大規模な空爆で戦局を逆転させた。つまりアメリカは動かなかったのにロシアは介入した。反体制派が敗北したのは、シリア問題が代理戦争になっていなかったからである。


アサド政権がアレッポを奪回した現状では、もはや仮にアメリカの政策転換が起こったとしても介入の機会はないだろう。介入して支援すべき勢力が、もはや敗退してしまっているからである。


オバマからトランプへのアメリカでの権力の移譲は、反体制派の将来をさらに暗くするだろう。トランプがロシアのプーチン大統領との協力を明言しているからである。


シリアの将来を決めるべきプレーヤーは、アサド政権とクルド人とイスラム急進派の三つに絞り込まれた。これがアレッポの攻防戦がアサド政権側の勝利に終わった意味である。それは反体制派なる勢力の政治的な死であった。


-了-


※「まなぶ」2月号P.58に掲載されたものです。



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