「心の隙間」埋める社会に


2001年9月11日に米国で同時多発テロを起こしたアルカイダと、過激派組織「イスラム国」(IS)の根は一緒です。いずれも米国などの中東政策の結果として生まれ、ISの場合はイラクの混乱が父親で、シリアの内戦が母親と言えるでしょう。


違いがあるとすれば、ISが欧州のイスラム教徒の若者を巧みに取り込んでいる点です。この問題を見るキーワードは「心の隙間」だと思います。うまく社会に統合されず、居場所がない。典型的なのがフランスです。厳格な政教分離主義をとり、公の場でスカーフなどを身につけることも許されない。フランスは人口の1割程度がイスラム教徒ですが、イスラム教徒の国会議員や市長なんて聞いたことがありません。


「心の隙間」を生む要因は欧州のイスラムコミュニティー自体にもあります。モスクも移民1世が仕切っていて、説教もアラビア語などでやる。フランス生まれの3世はそれを理解できない。そんな時にネットを見ると、「シリアでイスラム教徒が殺されている。君が求められている」とのメッセージに出会う。初めて自分が必要とされたと思い、ISに取り込まれてしまうのです。


その結果として今回のようなテロが起きると、イスラム教徒への偏見や嫌悪感がさらに強まる。イスラム教徒の「心の隙間」はさらに広がるしかありません。


■偏った価値観


しかし、ここで考えてほしいのは、テロを起こしているのは一部の過激主義者であって、イスラム教徒一般ではないことです。現実には、世界中で起きているテロの犠牲者の大半は、イスラム教徒なのです。フランスでの同時テロの直前にレバノンで起きたISによるテロでも、多くのイスラム教徒が命を落としました。イスラム教徒の大半は、フランスでのテロも支持していません。


でも、そうしたことを西側のメディアはあまり報道しない。パリでのテロの報道と、あまりに情報が非対称です。例えば、フェイスブックでフランスの犠牲者を悼むためにプロフィール写真に国旗を重ねる動きが起きましたが、レバノンの時はそうではなかった。こうした西欧的な価値観への偏りも、イスラム過激派を生む背景の一つではないかと思います。


■空爆は憎悪生む


フランスでのテロ以降、フランスや米国はISへの空爆を強めています。空爆に一定の効果があるのも事実です。しかし、誤爆や巻き添えもつきもので、さらなる憎悪を生み出す可能性がある。本格的な掃討には地上軍の投入が必要で、空爆だけでは問題が解決しないと分かっているはずですが、政治的なメッセージとしてやらざるを得ないのでしょう。空爆とテロという「報復と憎しみの連鎖」は、このままでは断ち切れるとは思いません。


この状況に対処するには複合的な対応が必要です。私は空爆よりも効果があり、国際社会が力を注ぐべきなのは封鎖と圧力だと思っています。あんな異常な行為をしているISの支配が、長期的に続くとは思えない。支配地域の中は物価が高いし、夜の衛星写真を見ても真っ暗です。人と物と金が入らないように、もっと国際社会が協力して封じ込めを強めるべきなんです。人の出入りについてはトルコ、資金に関してはサウジアラビアやカタールなどにしっかりと封鎖してほしい。


ただ、それでISが地上からなくなったとしても、シリアとイラクの地域での宗派対立を解消する体制ができない限り、違う名前の過激派が生まれるでしょう。そして最後はやはり、心の問題にかえってきます。欧州に「心の隙間」を抱えたイスラム教徒がいる限り、過激派の呼びかけに呼応するのを止めるのは難しい。そうした若者を生み出さないために寛容な社会をつくり、過激主義への同調者のパイを小さくしていく努力が必要です。


※2015年11月27日(金)に、朝日新聞に掲載された記事です。



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