※2015年11月19日に、東洋経済オンラインに掲載された記事です。


現地時間の11月13日夜、パリで起きた同時多発テロのニュースが世界を震撼させました。犠牲になられた方々のご冥福を心からお祈り申し上げます。


国際政治学者で中東問題の第一人者である高橋和夫さん(放送大学教授)が、『イスラム国の野望』を刊行したのは、今年1月。パリでイスラム過激派による連続テロ事件が起きた直後でした。本の「はじめに」で高橋さんは、「イスラムと中東問題は、今後とも世界情勢を左右するでしょう」と述べていますが、2015年は、まさに世界中が、イスラム過激派の脅威にさらされた1年となりました。


今回の事件をどう理解すべきなのか。今後、どんな点に着目して、事態の推移を見ていくべきなのか。11月15日の午後、高橋さんにインタビューし、お話をうかがいました。


導かれる不幸な結論


今回の同時多発テロで、フランスのオランド大統領はいち早く「イスラム国」(IS)の犯行であると断定し、「イスラム国」側も犯行声明を出しました。私も犯人は「イスラム国」と考えてよいと思います。


今年1月のシャルリー・エブド襲撃事件の直後に刊行した著書『イスラム国の野望』で、「テロリストたちが、アルカーイダを名乗って、勝手連的に動いたのではないか。今後も国内にいる過激派の勝手連的なテロを防ぐのは難しいでしょう」と書きました。しかし、今回は一匹オオカミ的なテロではなく、同時多発、非常に大規模で組織だって行われていることから、「イスラム国」本体もしくは支部の主導によるものだろうと考えます。


これまで「イスラム国」は、基本的に自分の支配地域以外では大規模なテロを行ってきませんでした。今回の事件はその意味では例外です。先日のロシア機墜落事件でも犯行声明を出しており、これも例外とすると、イスラム国の戦術が変わったと考えるべきです。


戦術が変わった理由としてはまず、支配地域であるイラク・シリアでクルド人部隊や米国空軍の攻撃を受けて苦戦していることが挙げられます。これまで空爆はあまり効果がないと言われてきましたが、実際はかなり効いている。現地で追い詰められた「イスラム国」が、外国でテロを起こすことにより、自分たちの存在を示す必要があると考えたのでしょう。


その背景には、志願して「イスラム国」に向かう人、訓練を受けて戻る人という人という人の流れが密になり、これだけのテロを起こせる組織をつくりあげていたこともあります。今回の犯人のひとりは、シリア難民に偽装して入国したとも言われています。ここはまだ情報が錯綜しているところですが、現実的に起こりえないことではない。少なくとも、そうやって欧州諸国に入ってくるルートができたのは確かです。


「イスラム国」が戦術を転換したことは、今回のテロが不特定多数の人たちを狙ったことからも推測されます。シャルリー・エブド襲撃事件のときは、ムハンマドを冒涜する風刺画を掲載したから、また、直後に起きたユダヤ食品店人質事件のときは、ユダヤ教徒だからという「理由」がありましたが、今回はそのような「理由」がありません。


オランド大統領が言っているように、「フランス文明全体に対する攻撃」であり、そのほうが、フランス人にとっては恐怖であり、自分たちの存在をよりアピールできると考えたのでしょう。


「イスラム国」の戦術がそのように変化した以上、そこから不幸にして導かれる結論は、「おそらくこれが最後ではない」ということです。


フランスは「報復したい」「狙いやすい」国だった


今回、フランスが標的になったのは、9月から開始したシリア空爆への報復のためと言われています。空爆にはほかにも多くの国が加わっていたわけですが、そのなかでフランスが標的になったのは、フランスが空爆にとりわけ力を入れていたからでしょう。航空母艦まで投入しているのは、フランスと米国だけです。「イスラム国」側から見れば、フランスは自分たちへの攻撃の前面に立っている国であり、報復感情が高まっていたと考えられます。


フランスは、欧州諸国のなかで最もイスラム教徒が多いということも、関係しているでしょう。フランス国内のイスラム教徒の数は、人口の7~10%、500万人とも言われています。分母が大きい分、過激派思想に染まって渡航する人の数も多くなります。言ってみれば、「イスラム国」側にはフランス関係者が多く、フランスは狙いやすい国だったわけです。


シリアの内戦を解決することが、緊急かつ根本の課題


今後、このようなテロを防ぐには、国際社会はどうしたらいいのでしょうか。


ひとつは「イスラム国」本体を倒すことです。現地では、クルド人部隊と米国空軍が協力して成果を上げるという勝ちパターンができつつあります。今後もその局面は変わらず、「イスラム国」側は追い詰められていくでしょう。


もうひとつは、シリアの内戦を止めることです。シリアの内戦を解決しないかぎり、テロを絶つことも難民を減らすこともできません。


これまで米国は「イスラム国」と、シリアのアサド政権の両方を一緒に倒すという方針を掲げてきました。しかし、アサド政権の問題はひとまず後回しにし、「イスラム国」を倒すことに集中すべきだという意見が、国際社会の主流になりつつあります。


シリアでは、大きく分けて「イスラム国」「アサド政権」「そのほか」の3つが内戦をしています。米国がある意味で「譲歩」し、「アサド政権」勢力と「そのほか」勢力が組んで「イスラム国」攻撃にあたれば、情勢は大きく変わります。


今回のテロの犯人のひとりが難民に偽装していたと報じられたことで、難民受け入れに対する欧州諸国の世論は厳しくなると思われます。「難民を受け入れるべきではない」という声はもちろん大きくなるでしょうし、受け入れるとしても、審査は相当に厳しくなり、行き場を失くした「本当の難民」は、ますます窮地に立たされることになります。


難民対策のためにも、テロリストの供給源を絶つためにも、シリアの内戦を解決することは、緊急かつ根本的な課題なのです。


「テロを防げなかった」ことを想定した対策も


さきほど、「イスラム国」によるテロは、「おそらくこれが最後ではない」と述べました。今後、日本国内が標的になることも当然想定すべきです。対策に対策を重ね、「この国ではテロを起こせない」とテロリスト側に思わせることは、第一に重要なことです。


しかし、テロはいつもわれわれの予想を超えて起こります。今回の事件の第一報を受けて私が感じたのは、「やっぱり」という思いと、「まさかここまでやると思わなかった」という驚きでした。


ですから、不吉な予想ではあるのですが、エラーが起きた場合、すなわち「テロを防げなかった場合」の対応も、準備しておくべきでしょう。たとえば、大きなイベントを開く際には、近くに大きな病院があるか、救急車が何台も入ってこれるかなど、立地や周囲の交通混雑状況を検討しておく。


また、自爆テロなどによる爆発が起きると、「何が起きたんだ」と様子を見にいく人が多いのですが、これはとても危険です。テロリスト側はそれを狙って1人目の自爆の後にできた人だかりに2人目が駆け込んで、爆発を起こします。「自爆テロは2回ある」ということは、専門家の間ではよく知られているのですが、一般の人たちにも、このような最低限の知識を持ってもらうことが必要です。


そのようにエラーを想定することで、警備もより真剣なものになり、それがテロを未然に防ぐことにつながるでしょう。


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