なぜワシントンはパキスタンを見離さないのか?


何度も触れたように、ビンラーディンは、パキスタンの首都イスラマバードの郊外に潜伏していた。この事実にアメリカは同国への不信を強めた。パキスタンへの援助の再検討さえワシントンでは議論されるようになった。だが多くの専門家は、ワシントンがパキスタンを見離し切り捨てることはないだろうと考えている。理由は三つある。第1にアフガニスタン、第2に中国、第3にパキスタン自身である。順に説明しよう。


アフガニスタンに展開するアメリカ軍を中心とする NATO諸国の軍隊の補給は、パキスタン経由で行われている。兵器も燃料も食料も大半が陸路パキスタン経由でアフガニスタンへと流れている。空輸できる量は限られている。パキスタンの協力なしにはアフガニスタンでの戦争は戦えない。アフガニスタンからの撤退が完了した後でなければ、パキスタンとの関係は切れない。


第2の理由は、アメリカが手を引けば中国の影響力が増大するとの懸念である。対アメリカ関係の悪化を受けて、パキスタンが中国との密接な関係をアピールしている。ビンラーディン殺害後にパキスタン政府要人の北京詣でが続いた。アメリカ以外にも頼れる相手が存在する事実をワシントンに向けて発信しているわけだ。


そのパキスタンの中国カードのうちでも切り札的な存在がグワダル港である。中国がパキスタンの西部のグワダルに建設した港湾が稼働を始めている。イラン国境に近く、ペルシア湾の出入り口であるホルムズ海峡に近いグワダル港は、西アジアと東アジアの間の物流の経路を変えるだろう。グワダルから北に延びる道路がカラコルム・ハイウェーを通じて中国に至るからである。この道路沿いにパイプラインを建設すれば、ペルシア湾の原油や天然ガスを陸路で中国に運ぶことができるようになる。しかも中国はグワダルでの海軍基地の建設を視野に入れていると報道されている。実現すれば、ペルシア湾の出入り口に中国海軍の艦艇が五星紅旗を掲げて常駐する事態となる。それは、この海域でのアメリカ海軍の覇権に対する挑戦へと発展する可能性のある展開である。アメリカはパキスタンに無関心ではいられない、と『アシア・タイムズ』の特派員のペペ・エスコバールが、 2011年5月27日にアルジャジーラの英語放送で報道した。


>>次回 につづく


※『石油・天然ガスレビュー』2012年1月号に掲載されたものです。


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