イランの北西部に存在する同国最大の湖であるウルミエ湖が消滅の危機に直面している。ウルミエ湖は世界でも最大規模の塩湖の一つである。10年前と比較するとウルミエ湖の面積は3割縮小している。改革派の新聞『エーテマード』によれば毎日3ミリメートルのペースで水位が下がっている。これは年に1メートル以上のペースである。別の新聞は、このままでは2~3年後には消滅さえ懸念されるとの専門家の意見を紹介している。その原因についてはイラン政府が旱魃や地球温暖化による蒸発量の増大としているのに対し、保護を求める人々は、周辺でのダムの建設や地下水の過剰な利用などの人為であるとしている。やはりエーテマード紙によれば、これまでに同湖に注ぐ川の36箇所にダムが建設されて来た。


周辺地域のブドウ、ニンニク、アーモンド栽培などが同湖の水に依存している。同湖の縮小と湖水の塩分濃度の上昇は、この地域の農業に壊滅的な打撃となるだろう。また膨大な量の塩が残されると、強風地帯なので撒き散らされ周辺の農地を使えなくするだろう。さらに健康被害も予想される。ある議員によれば「塩の津波」によって1400万人が難民化するだろう。


状況の深刻さを背景に、この地域選出の議員が近隣の川からウルミエ湖に水を緊急に引いてくる動議をイラン議会に提出した。イラン議会が、この動議を優先事項として審議するのを拒否したのを受けて、3日この地方の主要都市のタブリーズとウルミエで同湖の保護を求める人々が抗議行動に立ち上がった。「ウルミエ湖は、喉が渇いている!」とか「ウルミエ湖は死に掛かっている!」とかのスローガンが叫ばれた。デモ参加者の規模は千人単位であったとされる。抗議行動を行った側によると、平和的なデモを治安当局が襲った。逮捕者が、さらには死傷者が出た模様である。


デモが治安当局によって弾圧されるので、抗議する側は、サッカーの試合の際にウルミエ湖を守れというスローガンを叫び始めている。9月9日の金曜日のテヘランのアーザーディ競技場での試合の際に抗議行動が予定されている。この競技場は10万人を収容する施設で、しばしばサッカーの試合後に暴動が起こる場所として知られている。イラン政府にとっては、サッカーの試合の開催が治安問題となっている。特にプロのサッカーチームの優勝決定戦の開催は、頭の痛い問題のようである。「試合を開催しなければ、国民が納得しないし、すれば暴動が起こるし」との旨の発言を筆者自身もハタミ前大統領の主席補佐官ら耳にした経験がある。サッカーだけでも観衆が熱くなるイランで、ウルミエ湖を守れという叫び声が上げられるとすると、イランの治安当局は、いかに対応するのだろうか。


抗議行動の主体に関しては、議論が分かれている。一方で、2009年の大統領選挙の際に起きた改革を求める「緑の運動」の流れをくみ、今年に入ってからの「アラブの春」に刺激を受けた運動との見方が存在する。他方では、これは「緑の運動」とは関係の薄い地域の環境保護運動であり、本当の「グリーンな運動」だとの認識もある。
(9月6日、記)


*畑中美樹氏の主宰するオンライン・ニュースレター『中東・エネルギー・フォーラム』に2011年9月13日(火)に掲載された文章です。



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