石田英敬(他)

『アルジャジーラとメディアの壁』(岩波書店、2006年)


11月15日に英語でも放送を開始したアルジャジーラは、ますます存在感を強めている。この衛星テレビ放送局は、1996年にカタールで設立され、それまでアラビア語のテレビでは例のなかった自由な報道で視聴者の圧倒的な支持を勝ち得た。アルジャジーラとは「島」を意味する。言論の制限されたアラブ世界の中での自由なメディアの孤島でありたいとの意思表示である。湾岸戦争では中東地域で起こっている事件を米国のCNNを通じて見るという経験をしたアラブ世界が、イラク戦争までにはアルジャジーラという自らの姿を映す鏡を獲得していた。アルジャジーラは、中東のテレビ報道を変えた。それまでの「官営ニュース」の提供では、視聴者を得られなくなったからだ。「アルジャジーラ革命」である。


だが自由な報道は強い反発を引き起こした。アフガニスタンやイラクの報道では「テロリスト寄り」であるとして米英そして現イラク政権からの激しい非難にさらされた。さらに「誤爆」によってアフガニスタンでもイラクでも同社のジャーナリストたちが殉職している。


メディアなどを扱う四人の日本の知識人が、アルジャジーラ本社を訪問した成果が本書である。スタジオにみなぎる使命感や緊張感がひしひしと伝わってくる。特に注目されるのはアルジャジーラがジャーナリストの研修センターを運営している点である。自局のスタッフばかりでなく広く世界から研修生を受け入れている。ニュース報道の実例でアラブ世界全体に与えたインパクトを今度は人材の養成と供給という面からも担保しようとしている。本書は、アルジャジーラの報道姿勢に共感し共鳴する四人の「巡礼記」であり、同局スタッフへの熱いエールである。2001年9月11日の米国同時多発テロによってアルジャジーラが日本人の視野に入って以来5年を越える月日が流れた。そろそろメディア専門家による本格的な研究書が欲しい頃でもある。


『北海道新聞』2006年12月3日(月)