『公研』という雑誌の依頼を受けてNHKの出川解説委員とイスラエル総選挙後の中東情勢を論じました。


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3月31日、イスラエルに新政権が発足した。
右派連立政権の誕生でパレスチナとの和平交渉、中東情勢はどのような展開を見せるのだろうか。


オバマ政権とイスラエル前回 のつづき)


出川


オバマ大統領は、イスラエルとパレスチナの「二国家共存」という目標を明言し、イランとの直接対話を呼びかけています。いずれもネタニヤフ新政権の立場とは相容れません。ですから、両国の関係が冷却化していくのは避けられないと思います。


イスラエルとアメリカとの関係が悪化することによって、ネタニヤフ政権が短命に終わるのではないかという見方をする人もいます。今回の総選挙で第一党となり、連立政権への参加要請を何回も受けたカディマのリブニ党首がそれに応じなかったのも、ネタニヤフ政権が短命になることを見越したからだという見方もできると思います。


ただ、アメリカの政治において、イスラエル・ロビー、ユダヤ・ロビーの影響力は大変大きい。オバマ大統領が二期目をめざしてゆくのは間違いないでしょうから、イスラエルとの関係を決定的に悪化させることは何としても避けるのではないかとも考えられます。その意味で、仮にパレスチナとの和平交渉が全く進まなくなった場合、アメリカは、そのダメージコントロールに努めたり、あるいはイスラエルとシリアの和平交渉を本格的に仲介したりして、何とかイスラエルとの関係を維持していこうとするのではないでしょうか。


シリアの話に戻りますが、今年一月にシリアのメクダード副外相が来日した時に彼が私とのインタビューで明らかにしたところによると、二〇〇〇年の段階で、シリアとイスラエルとの和平交渉は、実は八五%以上まとまっていて、あと少しで和平合意に調印できるところまで行ったそうです。ところが、イスラエルのバラク首相が署名を拒んだため不調に終わり、今日に至っているという。


シリアは今まで公式、非公式にやってきた和平交渉、これまでの了解事項を下敷きにした形で和平交渉を再開したいと思っています。シリアもブッシュ政権時代は苦渋をなめました。「テロ支援国家」のレッテルを貼られたアサド政権とブッシュ政権との関係はとても悪かったわけで、アサド大統領はオバマ政権の登場を好意的に見ているし、期待を寄せています。アメリカがイスラエルとの和平交渉に本腰を入れて仲介してくれることを、強く望んでいます。


先日、アサド大統領が『朝日新聞』とのインタビューに答えた中でもそうした発言が出ていました。シリア側のオバマ政権に対する期待、そしてイスラエルとの和平交渉再開の期待というのは、かなり大きいようで、その意味でもシリアの動向から目を離すことはできません。


ここで大きなネックになってくるのは、二〇〇五年二月十四日に起きた、レバノンのハリリ元首相の暗殺事件です。これにシリアの政権中枢が関与していたという指摘が国連からも出ていて、この事件を調査するための委員会がつくられ、国際法廷も開かれることになりました。事件へのシリアの関与が証明されると、イスラエルとの和平交渉という話にはなりにくくなってしまうと思います。


NHK解説委員 出川 展恒


1962年東京生まれ。85年東京大学教養学部卒、NHK入局。エルサレム、カイロ両支局長などを経て、2006年から現職。
パレスチナ暫定自治合意(93年)以降の中東和平プロセスを報道。イスラエル、パレスチナ双方の首脳などとの単独会見を重ねる。


『公研』(2009年4月号) 「対話」収録


>>次回 につづく