『中東におけるグローバル化と地政学』
Anoushiravan Ehteshami 
Globalization and Geopolitics in the Middle East: Old Games, New Rules
(Routledge, 2007) 258 pages
アヌーシラヴァーン・エフテシャーミー著
(ルーリッジ、2007年)

I.なぜ中東ではグローバル化が進展しないのか?


グローバル化は、つまり人、物、資本、情報が国境を越える現象の拡大と深化が世界に衝撃を与えている。ところが中東は、その例外といえる。たとえば、この地域への投資の流入は限られている。これは不思議である。というのは石油産業が世界と密接に結びついており、決して中東が世界経済から取り残されているわけではないからである。にもかかわらず、グローバル化のインパクトは中東においては限定である。なぜであろうか。著者のアヌーシラヴァーン・エフテシャーミー教授の議論の出発点である。


またグローバル化に関する文献は多いが、中東におけるグローバル化を扱った研究は稀である。中東におけるグローバル化の経験を包含することで、グローバル化という現象そのものの理解も深まるだろう。エフテシャーミー教授は主張している。地域研究と政治経済学や国際関係論などの社会科学の融合によって、グローバル化に関しても、また中東地域に関しても理解の深化が可能になるだろうと著者は展望している。


ちなみに、ここでいう中東はメガ中東である。つまり伝統的に中東として言及されてきた中東と北アフリカのみならず、中央アジアやコーカサス地域をも包含している。もちろんアフガニスタンやパキスタンをも射程に捉えている。著者の議論は以下のような章立てで展開されている。


「序章」
第1章「グローバル化/システムかプロセスか」
第2章「グローバル化と戦略的相互依存」
第3章「危機の中東地域システム」
第4章「地政学的な地殻変動/ユーラシアの周縁のメガ中東」
第5章「グローバル化時代の政府と統治」
第6章「経済的国際化と中東における経済バランスの変動」
第7章「文化の衝突/中東におけるグローバル化とアイデンティティーの地政学」
第8章「メガ中東におけるグローバル化と国際政治」
第9章「グローバル化と中東の相関図」


II.グローバル化と地政学


章立てに従いながら、本書の議論の展開を以下に紹介しよう。


「序章」


グローバル化とは、外国からの投資を、競争原理を、そして透明性を要求する。中東のエリートたちは、それが自らの既得権益を脅かすのを恐れている。また大衆レベルでは、アイデンティティーの危機感を呼び起こし、グローバル化への抵抗を引き起こしている。その結果、人々はイスラムへの、そしてアラブの伝統への回帰を強めている。


しかし、振り返ってみれば中東こそグローバル化の発祥の地である。シルクロードの役割に凝縮されるように、中東は古代から貿易によって栄えてきた。エジプトの歴代の王朝も、アケメネス朝やササン朝のペルシア帝国も、そしてアレキサンダーの帝国もすべて、貿易によって栄えてきた。交易によって繁栄した帝国の共通点は異文化に対する深い包容力であった。イスラムの時代も同様である。多民族と多文化の融合こそイスラム文明である。そのグローバル化の先進地域である中東において、なぜ現在ではグローバル化に対する抵抗が強いのであろうか。


それは、中東の人々の目にはグローバル化が植民地主義や帝国主義の後継者として見られているからである。また冷戦後の特にアメリカでの同自多発テロ以降の欧米での反イスラム言動の高まりと背景にある。こうしたレトリックと共にグローバル化の波が中東に届いている。それゆえ欧米発の現象であるグローバル化への反発が中東では強い。アメリカの対中東政策がこれに拍車をかけている。ワシントンが標榜しているのは、中東でのテロの温床の殲滅である。その手段としてアメリカは中東の民主化や先制攻撃による政権転覆を標榜している。既にアフガニスタンとイラクでは政権がアメリカの軍事力によって崩壊させられている。さらにイランやシリアに対する軍事力の行使の可能性をもワシントンは示唆している。こうしたアメリカの中東政策を背景にグローバル化が中東に及んでいるのである。


>>次回、第1章「グローバル化/システムかプロセスか」 に続く


『アジア経済』 第49巻 第7号 2008年7月号 67~71ページ

* アジア経済研究所の依頼を受けて、英文の書籍の書評を執筆しました。