イランで昨年10月に誘拐された横浜国立大学生の中村さんがパキスタンで解放された。国境を越えて活動する麻薬密輸組織の幹部が逮捕され、組織は解放せざるを得なかったとイランの情報相が述べているが、その詳細は未だ明らかではない。8ヵ月は長かったが、無事な結果を見ると、気短な救出作戦などに訴えなかったイラン的な気の長さに感謝したくもなる。もっとも中村さんがパキスタンにいたのでは、イランの当局も動けなかったのだろうか。


誘拐事件の舞台となったイランとパキスタンの国境地帯は治安の悪い事で知られる。アフガニスタンで生産された麻薬がパキスタン経由でイランに入る地域だからである。麻薬組織は豊富な資金力を誇り、イランの治安当局に負けない程の強力な武器などを持っているようだ。この地域ではイランの当局者が多く殉職している。また中村さん解放の前日にパキスタンとの国境地域でイランの当局者16名が武装勢力に誘拐されるという事件さえ起こっている。


この地域はバローチェスターンとして知られるバローチ人の居住空間である。バローチ人はパキスタンとイランの国境にまたがって生活している。前々からバローチ人のパキスタンからの、そしてイランからの分離独立運動がある。パキスタンにおいては、この地域が最も開発の遅れた地域との現実が背景にある。イランにおいては、これに加えてバローチ人の多くがスンニー派であるという宗派的な要因がある。イランはもちろんシーア派イスラムを国教として掲げている。


麻薬密輸組織とならんで、この地域の不安定の背景にあるのが「ジョンドラー」と呼ばれるイラン国内での自治を求める組織である。アラビア語で「神の部隊」という意味だろうか。この組織の活動が活発になっている。背景にはイランの不安定化を狙うCIAの工作があるのだろうという見方が浮上している。


イランのクルド人地域、アラブ人地域などのマイノリティー地域で一斉に騒擾が増えている。中村さんの誘拐事件にあえてプラスな面を探すとすると、イランの少数民族地域の重要性を教えてくれた点だろうか。