テレビやラジオでのコメント

これまでは講演や学会発表の場を想定して述べてきたが、テレビやラジオの生番組でのコメントなどの場合には、どのような注意が必要だろうか。テレビでは何を着るかが注意点の一つだろうか。これは難しい。だが着てはいけないものは明らかである。細いシマ柄の衣装である。細いシマ柄はテレビの画面では、業界人が「ハレーション」とか「ハレル」と呼ぶ現象を起こし、滲(にじ)んで見える場合が多いからである。また悲劇的な事件の際に派手な色は避けたいが、同時に黒も問題だ。というのは、そうした際には女性キャスターが黒を着る可能性が高いので、画面が黒服ばかりになり、暴力団の総会のようになってしまうからである。


コメントで重要なことは、時間内で端的に話すである。放送時間は限られている。長い話は歓迎されない。まず結論から入るのがコメントの原則だろう。また、放送開始直前やコマーシャルの時間などに、キャスターに余り話しかけてはならない。キャスターは次ぎの段取りに心がいっぱいだからだ。自分の論文の話しなど始めてキャスターを困惑させているゲストを目撃した経験がある。


スタジオに座って、驚くのは、キャスターとのツー・ショットの場合、近過ぎるとの感覚を持つくらいに接近して座る場合が多いことだ。画面で見ると、それがちょうど良いのだが、普段の会話の際よりはずっと距離がない。事前にキャスターの質問もゲストの専門家の答えも、やりとりの時間も含めて打ち合わせておくのがテレビでは普通である。となると会話がぎこちなくなる。当然である。役者がセリフを読むようなものだからである。しかも出演者の「専門家」は役者ではない。しかも普通以上に近い距離に座った相手と話すのである。そこで「小倉さんのおっしゃるように・・・」とか「草野さんのご指摘のように・・・」とかキャスターの名前をコメントにはさむと、自然な会話のような雰囲気が少しは出てくる。


番組の視聴者は通常はキャスターが好きだから、そのチャンネルを選んでいる。ということは視聴者は皆キャスターの味方である。となると番組ではキャスターを良く見せてあげたい。打ち合わせの時間があれば、その問題についてのポイントなどをキャスターに教えておくと良い。そうするとキャスターの解説などの際に、それが反映される。専門家のコメントを通じてばかりでなく、番組全体として提供できる情報量が多くなる。もっと重要なのは実はテレビの画面に出演しない制作スタッフに丁寧に説明する作業である。番組自体の質の上がる場合がある。


専門家として一人だけで意見を求められるのではなく、専門家同士の討論系の番組がある。ここでは出演者が発言を争うのが普通である。筆者自身は苦手な場面である。こうした討論系の番組で長く話すコツを某ディレクターに教えていただいた。「この点についてはポイントが三つあります」との始め方である。となると司会者は三つのポイントが終わるまでは発言をさえぎりにくくなるからである。ポイントを三つ思いつかなくても、とりあえずポイントは三つとして始めるのである。ポイントが二つで終わって、叱られた経験はない。しかし余り長く話そうとして「ポイントは四つです」とか「五つです」では、司会者に嫌われてしまう。「三つです」に止めたい。


コメンテーターとしてではなく、講師としてテレビで語る場合のポイントの一つは視線である。もちろん下を見て台本を読んだのでは話にならない。カメラを見て話すべきである。たった一人でテレビ・カメラの向こう側の多くの視聴者に相対する分けだ。カメラのレンズの中に無限の暗黒の宇宙が広がっており、その宇宙に吸い込まれてしまいそうな感情を覚える。神様の前に立たされているような感覚さえ湧いてくる。緊張して当たり前である。しかし、神であろうが宇宙であろうが、カメラを見なければならない。ここでのポイントは、カメラのレンズではなく、その下ぐらいを見る。その方が画面では視聴者に向かって話しかけている雰囲気になる。レンズをのぞき込んで話すと、画面では少し上目づかいに見える。覚えておこう、カメラのレンズの下に向けて話しかけよう。


次に何をしゃべるべきか、そればかり考えていて、自分の事でいっぱいで、気持ちに余裕がないのだが、立ち止まって視聴者を意識したい。「視聴者の皆様」とか、「みなさん」とか話しかける言葉を講義にはさみ込めれば、テレビやラジオの一方通行的な感覚が緩和される。


主催者側の気配り

講演会などでの主役は講師であるが、主催者側にも役割がある。講師が講演に集中できるように配慮すべきである。第一に話す時間は明確にすべきである。小一時間ぐらい、よりは42分30秒お願いします。とか、はっきりさせてくれた方が、話す方には有難い。前述のように、話は1分でも長くなればなるほど聴衆の注意を引きつけておくのが難しい。ストップ・ウオッチを持って準備するような講師にとっては、1分の違いでも大きいからである。次に講演の前の食事の提供は避けた方が良い。やや空腹ぐらいの方が集中できる。どうしても食事を提供するならば軽いものが良い。講師に希望を確認すべきである。


集中を妨げるので控え室に客を通すのは避けたい。講師に個人的に話したいとの客が来た場合は、講演の後に通すべきである。また、主催者の人間が控え室に留まって雑談の相手をするのも講師には、かえって迷惑であろう。一人にして心の準備に集中させてあげたい。


講演会などを主催する側に立つと心配が多い。まず講師が現れるかどうかである。密に連絡をとって講師が忘れないようにすべきである。次に心配なのは講師が遅刻しないかどうかである。三番目は客の入りである。経験から言うと月曜日は人の入りが悪い。週初めは何かと忙しく、外出が難しいからだろう。比較的に狭い会場での講演会などで聴衆の参加が少ないと予想される場合には、椅子を前の方に少なめに並べておくと良い。これには二つの効用がある。まず客は後ろから座る傾向があるので、椅子を少なめに前の方に用意しておくと、前の方に詰めて下さいなどと言わなくとも客は仕方なく前の方に座るからである。第二に、途中から椅子を新たに並べる方が、いかにも予定以上に多くの人が参加したような印象が生まれるからである。確かに多くの椅子を事前に並べておいて、空席が目立つと、淋しい。


せっかく会場に来てくれた方々には、しっかり話しを聞いていただきたい。これは講師と講演の内容次第ではあるが、それでも眠たくなる時間は避けたい。昼食直後の時間の講義や講演は昼寝の機会を提供するようなものである。できれば、この時間帯は外したい。


筆者もかつて某大学校の依頼を受けて、この時間帯の講義を担当した経験がある。他の時間を求めたのだが、昼食直後の枠しか空いていないということで避けられなかった。結果は、予想通りとなった。早朝から激しい訓練を受けている若者たちである。昼食直後の講義である。こちらの力不足もあって全滅に近い状況であった。しかし、この経験はなかなか勉強になった。皆が起きている最初の何分かに一番重要なポイントを要約して話すという訓練になった。


司会者の話を聞きに来る客はいない
講演会などでは司会者にも、それなりの役割がある。まず講師の紹介である。重要なことは、短くである。講演会に司会者の話を聞きに来る客はいない。退官記念講演会など以外では、長い講師紹介というのも不要である。そんな話を聞きに来る客もいないからである。


マイクの調整

マイクを使う講演で時間が長い場合は音声の担当者は最初から最後まで持ち場に留まるべきである。講演が始まったからといって席をはずしてはならない。というのは、時間が長いと講師の声量が下がってくるので、スピーカーの音量をそれにあわせて調整する必要がある。声量のある講師だと逆に話題がクライマックスに来ると声が大きくなる場合もあるだろう。音量を下げる調整も時には必要になる。


講演が終わると司会者の再度の出番である。時間がある場合は、聴衆から質問を受ける。この際に手が上がらなければ、「それでは・・・先生ありがとうございました」とプツンと会を締めるのが良い。「せっかくの機会ですから」などと質問をうながしたりするのは、みっともない。聞きたければ、さっと手を挙げているからである。


質問を引き出す方法も、むろんある。まず司会者が質問をするのである。その質疑の間に聴衆は「聞くモード」から「質問モード」に移行する。また事前に質問してくださいと会場にサクラを用意するというのも手である。


聴衆にもマナーが求められる。会の途中で入場するのは失礼なので避けたい。もっと避けたいのは話の途中での質問などの発言である。小さな会場での講演の際など立って話していると、「先生どうぞお座りください」とおっしゃってくださる方がいる。しかし、これは話の流れを妨げるので迷惑至極である。座ってしゃべりたければ、最初から「失礼ながら座ったままで」とか言って座っている。こうした「気が利いて間の抜けた」発言は避けたい。講演会などのプレゼンは講師、主催者、司会者、技術者、聴衆の全体の協調で成功する。プレゼンのゼンは、全体の協力の全(ゼン)である。


体験的なプレゼン論の結論を述べよう。内容があれば、熱意があれば誠意があれば、伝わるというのは思い上がりであり、時には幻想でさえある。そんなものはあって当たり前なのである。熱意や誠意が本当にあるのなら、きっと有効なプレゼンの手法を考えるはずである。練習するはずである。重要なのは人様のお時間をちょうだいして話をさせていただくという感謝の気持ちである。この気持ちがあれば準備にも熱意が出てくる。熱意とは事前の準備であり、誠意とはプレゼンの練習であるべきだ。内容に注ぐのと同じくらいの思い入れとエネルギーをプレゼンは求めている。どういう風に言うかは、何を言うかと同じくらいに重要である。プレゼンのゼンは全力の全であり、全身全霊の全である。


課題

この章のポイントを3分で話す練習をしよう。ストップ・ウオッチを持って3分でしゃべれるようになったら、次は鏡の前で話してみよう。その次は自分の話を録音して聞いてみよう。そして最後は録画して見てみよう。


*放送大学では2009年度放送開始の『市民と社会を生きるために~実践のすすめ~』というラジオ番組を制作中です。その中で高橋は第12回「論文の書き方」と第13回「プレゼンテーション」を担当予定です。ここにアップしたのは放送教材を補完するテキスト(印刷教材)の草稿です。