本番での心構え
さて、いよいよ本番である。泣いても笑っても、やるっきゃない状況である。まず会場を見回して、一呼吸おいて、しゃべり始める。本題に入る前に、当日のニュースなどをネタに何か話せれば、素晴らしい。たとえば、今日は何の記念日なので講演の話題にふさわしいというようなスタートが切れればベストである。しかし、いつも上手くネタが見つかるとは限らない。そうした場合は素直に内容に入るしかない。


注意事項の一つは、やはり聴衆を見回すことである。左右に上下に視線を移し、会場の人たち一人ひとりに話しかける気持ちが必要である。一人ひとりの目を見るつもりで話すべきである。これが、英語でいうアイ・コンタクトである。アイ・コンタクトのアイは、聴衆への「愛」であり出会いの「会い」である。


同類項の法則

アイ・コンタクト以外の聴衆を味方につける方法の一つは、「同類項作り」である。人間とは面白い動物で同じ趣味だとか同じ出身学校だとか出身地だと知ると、その人に親近感を感じる。ゴルフの趣味の方は、話の途中に「先日ゴルフに行った時に」とか、さりげなくはさむと良い。それだけで聴衆の中のゴルフ好きは、講師に興味を抱いてくれる。この同類項作りに役立つのが講師略歴という文書だ。趣味を書いたりなど、なるべく多くの同類項が発生するように準備する。たとえば私事で恐縮だが、出身地で講演する際には学歴の欄は私は幼稚園から始める。同じ幼稚園、同じ小学校、同じ中学校、同じ高校というだけで聴衆が親近感を抱いてくれるのではないかと期待するからである。


聴衆への問い掛け

講演の際に聴衆に問いかけるという手法もある。入学式の挨拶などで良く見るパターンで「今朝、赤飯を食べて来た方はいますか?手を挙げてください」というように問いかける。挨拶している方が一方通行で話すのではなく、聴衆の反応を引き出し、双方向のコミュニケーションの雰囲気を生み出す。なかなか面白い手法だが、よほど聴衆を引き付ける能力のある演者でなければ、押し付けがましく聞こえる。難度の高いテクニックだろうか。


「Aさん」はいない

意識したいのは、聴衆は自分に興味のある話題だと耳を向けてくれるという事実である。と言うことは自分の名前を呼ばれれば、耳を傾ける。たいていの人間は自分に興味があるからだ。であるならば、講義や講演の中で、たとえば「Aさんが」あるいは「甲さんが」というような例を使うのは損である。というのは「Aさん」とか「甲さん」とかの名前の方が実際に聴衆の間にいる可能性は限りなくゼロに近いからである。「鈴木さんがいるとしましょう」とか「田中さんの場合は」とか実際の名前を使う方が得策である。一人でも二人でも鈴木さんや田中さんは聴衆の間にいる確率は高く、自分の名前を呼ばれた鈴木さんや田中さんは睡魔の淵から、「何の話だろう」、自分の名前が呼ばれたと目を覚ましてくれるかも知れないからである。


「目次の見える話し方」

飛行機の中で残りの飛行時間とか飛行機がどこを飛んでいるかを示すパネルを見ることが多い。残り時間が分かると、そして飛行機が進んでいるのを目で確認できると、長いフライトも少しだが耐えやすくなる。講義や講演も同じではないだろうか、話の早い段階で、その全体像を示すと聴衆には長い話も我慢しやすくなる。ある著名な同時通訳者の言葉を借りると「目次が見えるような話し方」が望まれる。レジメを配布せずに話す場合には特に重要である。


具体的な例

ポイントの説明には抽象的な議論ばかりでなく、具体的な例を挙げるのが有効である。時間が許せば一つのポイントを説得するのに三つの例が欲しい。できれば例の一つはユーモラスなものが望まれる。会場で笑いを呼ぶことが出来れば、プレゼンは大成功である。面白い話題を日常から探しておきたい。しかし、笑ってもらうのは本当に難しい。笑いを押し付けるような話しは逆に嫌悪感を呼び起こす。自由に思うように笑いを呼べればプロの噺家になれる。


笑いを呼ぶのは難しいが、具体例を聴衆の知識に引き付けて示す事は出来る。先日カタールという国に関する講演を聞いた。カタールの面積は11、427平方キロメートルで狭い国であるとの解説があった。この段階ではピンと来なかった。だが、次いで講師が秋田県より少し狭い程度ですと説明した。これでカタールという国のサイズが一発で頭に入った。新しい情報を提供する際には、聴衆の既存の知識に引き付けた具体例の提示が親切である。分かりやすい「たとえ」や身近な比較は講演の命綱である。


話しのギア・チェンジ

話しを聞いていて一番良く眠れるのは変化のない口調の話である。いつも、同じペースで話されると、睡魔が訪れてくれる。話す際には、展開のゆっくりな場面と早い場面を、小さな声と大きな声を織り交ぜて話しに色彩を与えたい。話しにもギア・チェンジが欲しい。だが、これがけっこう難しい。最低限、ゆっくり強調する場面や、畳み掛けるように早く話す場面を、それぞれ一箇所ぐらいは意識して話しを組み立てたいものだ。


>>次回、「テレビやラジオでのコメント 」に続く


*放送大学では2009年度放送開始の『市民と社会を生きるために~実践のすすめ~』というラジオ番組を制作中です。その中で高橋は第12回「論文の書き方」と第13回「プレゼンテーション」を担当予定です。ここにアップしたのは放送教材を補完するテキスト(印刷教材)の草稿です。