顔 | 歴史の裏

顔は語る

 テレビを見ていた妻が「野田さん(佳彦首相)、顔が悪くなったわね」と言った。妻は菅直人前首相の時も同じことを言った。「もう菅さんの顔も見たくない」。鳩山由紀夫さんや麻生太郎さんの時も同じことを言った。政治家は責任が重くなるとプレッシャーに耐え切れないからか、顔付きが悪くなるのかもしれない。自民党の谷垣禎一さん、石原伸晃さん、石破茂さん、町村信孝さんも人相が悪くなった。いわゆる「腹黒い」感じ。安倍晋三さんや小沢一郎さんなどはかなり前からそんな感じである。東電の幹部も昨年の311以来、記者会見のたびに顔つきが悪くなる印象だ。

 選挙は女性の動向が左右すると言ってもいい。男性と違うのは、行動の要因に感性の占める割合が多いことだろう。妻のように「見るのも嫌だ」となったら、どんなにいいことを言っても決して投票しない。それは案外当を得ているのかもしれない。顔を見れば、どんな人かだいたい分かり、その直感はバカにできない。

リンカーンと玄徳

アメリカの第16 代大統領エブラハム・リンカーンが官僚を選ぶ際、知人から推薦された人を落とした。理由は「顔が気に入らない」からだった。「顔は本人の責任ではない。顔で判断するとはどうなのか」と疑問を呈した人に対し、リンカーンは「40歳になったら人は自分の顔に責任を持たねばならない」 と言ったという。有名な話だ。同じような話は 3世紀の中国・三国時代にもあった。蜀の劉備玄徳が人材を求めた際、面接に来た人物を採用しなかった。部下が理由を尋ねると、「顔が悪い」と答えた。部下が「顔で人を判断するのはいかがなものか」と聞くと、玄徳は「そうではない。人は大部分が顔に現れる。顔の悪い奴は信用できない」と答えた。玄徳の方がリンカーンより先輩だったのだ。

 世の中にはいろいろな占いがある。八卦にはじまり星占いや生まれ日の星座、姓名判断、血液型による仕分けなどは科学的根拠が否定されているが、観相や手相、風水などは「根拠がない」と片付けられないものがある。統計上はある傾向を示しているからだ。顔を見たとき、「この人はいい人らしい」と思われるような生き方をしたいものだ。