ストーカー殺人事件
警官の親睦旅行は悪か
長崎県西海市で昨年12月に起きたストーカー殺人事件で、被害者たちが被害届を出そうとしたら、1週間待って欲しいと言った千葉県警習志野署の担当課職員らが、直後に北海道旅行に行ったことが問題になり、「けしからん」という風潮になっている。しかし、この問題はきちんと整理しないと、警官の親睦旅行はまかりならん、ということになってしまう。
問題点は①被害届受け付けを待って欲しいと言ったのは親睦旅行のためだったのか②まだ受け付けなくてもいいと考え、親睦旅行をしてもいいという判断が正しかったのか③事態が急迫してきているという判断がなぜできなかったのか④千葉県警の検証結果の中に親睦旅行はなぜ入れなかったのか――これらのことをごっちゃまぜに議論していると「警察官は親睦旅行をしてはいけない」ということになってしまう。そして、いつ火事や救急患者が起きるるか分からない消防官や、いつ海難や密輸・密漁が発生するか分からない海上保安官、いつ大事件があるか分からない新聞記者、その他、鉄道員や危険物製造業など危機発生の可能性があるあらゆる職種の人たちはすべて親睦旅行をしてはいけないということになってしまいかねない。
職場ぐるみの親睦旅行は日本独特で、他の国ではあまり見られない風習ではないか。だから、その是非を論じても始まらない。親睦旅行は職場によっては年間の大行事である場合もある。特に一斉に休めない危機管理を担当する職場では、ほぼ全員が参加できる親睦旅行は特別な意味があるに違いない。危機管理の職業は、常に旅行中止の事態を予測しながら旅行先を決めなければならないというリスクを抱えている。それだけに、欠航したらすぐ帰えれるために他の手段がない飛行機や船などによる旅行先は、危機管理に携わる職業人は避けるのが常識だ。その点、習志野署の北海道旅行は非常識だったといえよう。
問題は、その親睦旅行を投げ出さなければならないほどの事態が発生したかどうかの判断であろう。旅行をキャンセルするとなると、交通機関、宿泊先などの手続きに加え、金銭的損失も伴う。だから、幹事役はなかなか中止の判断ができないのだろう。
シッポ切りで済ますな
習志野署の大場仁志署長は辞職を申し出ているという。ストーカー事件担当職員の旅行中に、2人が殺されてしまった責任をとってのことだろう。しかし、親睦旅行へ行ったことが危機意識の欠如だと結論づけられ、いつものシッポ切りで、警察のシステム的な欠陥が不問にされてしまうのではないかとの危惧をぬぐいきれない。
署長は担当の警官が親睦旅行へ行くことを了承していたというから、残った警官で十分対処できる事態だと考えていたのだろう。事実、女性の母親と姉が殺された12月16日の1週間前の9日(親睦旅行の最中)に父親から「玄関前に男がいる」との通報を受けて生活安全課係長が確認に行っているし、刑事課長が筒井郷太容疑者を呼び出して事情を聞いている。この時点では習志野署は重大案件になるとは考えていなかったといえよう。
2011年の全国のストーカー事件は14,618件認知されているが、検挙したのは1割で、傷害事件が120件、殺人未遂事件は7件だった。ストーカー被害がそれほど多いから、ストーカー被害を抱えている警察はすべて親睦旅行をしてはいけないとなったら、警官の親睦旅行はできないことになる。ただし、親睦旅行のために被害届を受け付けなかったとしたら問題だろう。ストーカー事案は留守部隊でも十分に対処できるはずだからだ。
問題にすべきは、容疑者のストーカー行為が激しくなってきているのに、警察はそれほど重大になるとは考えていなかったという認識と、交際相手の女性が千葉県習志野市、容疑者が三重県桑名市、殺された親族のいる実家が西海市と3県警にまたがっているのに、連携がうまくとれなかったという事実であろう。警察組織はアメリカ方式で、各都道府県ごとに独立しているから、形式的にはて連携不足になりがちだが、日本の場合、都道府県県警の幹部の人事権は実質的に警察庁が持っており、警察行政全般については実態的に警察庁が指示しているから、重大事件について警察庁が指揮を取ることは出来る。事実、オウム真理教事件や振り込め詐欺などは広域捜査を実施しており、警察庁指揮事件となっている。情報化社会の進展とともに、犯罪も広域化、悪質化しているから、ストーカーに限らず、全国共通の事件については捜査システムを根本的に検討する必要がある。この点をないがしろにして、シッポ切りで終わり、では根本的解決にはならない。