TPP | 歴史の裏

TPP

ガンは農協

 環太平洋戦略的経済連携協定(TPP)への日本の参加が問題になっている。参加した場合、特に農業への影響が深刻だと言われる。国内農産物は41千億円減少、食料自給率は現在の40%から14%になってしまうと農水省は試算する。

TPPは、シンガポール、チリ、ニュージーランド、ブルネイの4カ国によって2006年発効した経済連携協定。2015年までに原則100%関税撤廃を目指す。アメリカやオーストラリアなど9カ国も参加を表明。横浜で開かれた交渉会議で1114日、9カ国首脳は来年11月にハワイで開くアジア太平洋経済協力会議(APEC)首脳会議までにTPP交渉の妥結を目指す方向で一致した。日本政府は態度を決めかねているが、経済のグローバル化の中で関税撤廃は避けて通れない。だから、協定を締結するかどうかを議論する暇があったら、締結後の対策を練る方がいい。

無策の農協

会議終了後の1126日、TPPに反対している全国農業協同組合中央会(JA全中)の茂木守会長の話を聞く機会があった。茂木さんは約20分間、だれが書いたのか、用意したペーパーを早口で下を向いたまま読み上げただけ。TPP反対への情熱は感じられなかった。配布した資料は農水省が作ったもので、農協独自に作成したものではない。出席者の質問に対しても、日本の農業はアメリカやオーストラリアと構造が違うから競争しても勝てないというだけ。質疑に誠実に答えていないからかみ合わず、関税撤廃後の対策についての意欲も感じられなかった。こんな人が日本農業をリードする全中の会長をやっていれば、日本農業が沈下するのもむべなるかなと思ってしまう。


食糧安保は、場合によって軍隊による安全保障より重要だ。世界中が凶作に見舞われたら日本国民は餓死するしかない。いや、一国でも凶作があれば、ダメージが大きいことは今年のロシアの小麦不作で小麦価格が暴騰したことからも分かる。

食糧自給できなければ餓死

藩が今の国のように独立していた江戸時代、局地的飢饉はその藩の民を餓死させる。東北の南部藩を例にとろう。南部藩には4大飢饉と呼ばれる飢饉があった。元禄、宝暦、天明、天保の4回。いずれも惨状はすさまじい。元禄の餓死者は約4万人、宝暦は約5万人。「秋霖ありて民飢う、7才以下の孤児を水に投ぐ」とか、「至る所に骨肉相食むの悲惨」という状況だった。南部藩士・横川良助の書いた「飢餓考」にも、母親が生きたままわが子の腕をもぎ取って食べる話や、餓死した家族を次々食べるといった鬼気迫る話が載っている。食糧が他国任せだと、こうした事態が来ないとは断言できない。


オーウィンの「イギリス農業発達史」によれば、1820年代にパトリック・ベルという人が歩行式の刈取機を発明したが、手刈りの農業労働者の職を奪うといってつぶされてしまった。それを見てアメリカのマコ―ミックが数年後、馬で引くバインダー・リーバーを作り、省力化に成功した。それから約50年後の1875年、ローロッパに不況と異常気象が襲い、大変な凶作となる。そこへ大量生産のアメリカ産小麦がどっと入ってきた。イギリスで生まれた技術を利用した農機がイギリス農業の息の根を止め、食糧自給率は50%を切ってしまった。日本と同じ島国であるイギリス政府は農業に手厚い支援策を実施した結果、今では自給率100%を超えている。フランスも自給率200%近い。

コスト高の日本農業

日本は食料安保に対して考えが甘すぎる。日本の農産物が世界に太刀打ちできない要素の1つは価格がべらぼうに高いこと。その原因はいろいろあって簡単には決められないが、大きなのは政府の農業支援の貧弱さとコスト高だ。第1の農業支援について、民主党は個別農家に所得補償をするという。私はこれには反対だ。それは農家にやる気を失わせるからだ。不作で補償してくれるなら、不作にしておけばいい。これでは農家を甘えさせるだけだ。そうではなく、大規模化のための借地料は国が全額負担するとか、土地改良は無償にするとか、農機具は自治体や農協が購入し無償貸与するとか、公営市場は手数料無料にするなど、農産物を安くする方策はいくらでもある。

2のコスト高の原因も多岐にわたるが、あえて決めつければ、日本の農家は農機具を自給していないことだ。欧米ではトラクターやコンバインなどは農家の手作りが多い。知人の牧場経営者は「日本の農家のコストは高い。コストを下げれば牛2頭でもやっていける」と言う。彼は欧米並みに農機具や牧舎は手作り。

農家の農機具購入には農協が一役買っている。農協が農家に農機具を個別に売りつけ、購入費用を貸し付ける。本来の役割である営業指導や農業振興はそっちのけ、金融や販売にうつつをぬかす今や農協は金融業であり、農機具や肥料、飼料の販売業になり下がった。「農協に就職したら金貸しばかりやらされた」と嘆く職員もいる。農機具を購入させられた農家は借金返済のため、現金収入を求めて勤めに出る兼業農家にならざるを得ない。これでは農業の大規模化なんてできっこない。心ある農家は「農協こそ農家の敵だ」と言い、農協を相手にせず独自の販路を開拓している。こうした疑問を私が質問すると、茂木会長は「農家の支持をいただいている」と答えた。しかし、支持しているのは農協のいいなりになっている利口じゃない農家だけだ。

「おもちゃの軍隊」より食糧安保

食料の安全保障が重要なのに、日本国は安全保障と言えば軍備と思い、軍備による安全保障だけを重視してきた。憲法9条の規定で日本は国際紛争の手段として武力を使えない。使えない軍隊は「おもちゃ」なのに、「おもちゃの軍隊」のため4兆6千億円も投じている。農協は農業より軍備増強を進めてきた自民党歴代内閣の支持母体だった。今こそ、軍備ではなく、農業重視にシフトを改めるべきだ。こういう私の疑問に対し、茂木会長からは明確な答弁は得られなかった。農協こそ、日本農業を危機に陥れた元凶である。こんな組織はいらない、直ちに解散せよ。