粗末な勢力
1人5役
海上保安官は「1人5役」だと言われる。それは海上保安官の自負であるとともに、少ない予算と陣容でそれだけやらざるを得ないという自嘲でもある。
5役とは何か。第1に、海上保安官は基本的に船乗りである。水上警察や水上消防などは操船を専門の船乗りに任せ、警察官や消防官は取締りや事件捜査、消火などに当たっているだけ。海上保安官は操船をしながら取締りや事件捜査にも当たっている。第2は密航・密輸、密漁など海上犯罪の取締りに当たる警察官。第3は海難救助や海上での火災消火、流出油の防除に当たる消防官。第4は海上交通の安全確保(灯台の建設・保守も海上保安庁の仕事)管理や、海洋環境保全のために団体・企業や個人を日常的に指導・監督する行政官。
その上、外交官でもある。尖閣や竹島、北方4島の警備はじめ日常的に国境での事件・事故に当たっており、対応次第でいつ国際問題に発展しかねないという緊張感の下で仕事をしている。
予算の少なさとともに、人員の少なさもひどい。例えば、19年度で見ると、東京・警視庁は人員約4万5千人、予算約5700億円、東京消防庁は約1万8千人、予算約1800億円。海上保安庁は約1万2千人、予算1700億円弱。これで常時、日本の国境を守っているとは信じられないくらいだ。
憲法の規定により実際には日本の国境を守れない海上自衛隊は約4万4千人、予算1兆1500億円。人員で約4倍、予算で約7倍。いざ、戦争となれば、海自が日本を防衛することになるのかも知れない(果たして出来るのか)が、戦後62年間、海自の出番はなかった。(海自への国民の誤解については次回以降に詳述する)
海上保安庁の巡視船艇の乗組員は基本的に操船要員だけしか乗っていない。例えば、3000トン級の巡視船の場合、同じような仕事をしているアメリカのコーストガードは約250人が乗船しているが、海上保安庁では約40人。実に6分の1である。だから1人5役とならざるを得ない。海上保安官は好んで5役をこなしているわけではない。だから「自嘲」と言ったのだ。
さらに海上保安官は通訳官でもある。たいていの人が何カ国語かを話せる。海上での取締りや海難救助には言葉が欠かせないからだ。英語を話せるのは当たり前、その他に国境を接する露・中・韓のどこかの言葉を話せないと仕事にならない。タガログ語やスペイン語を話せる保安官もいる。警察などでは取り調べに通訳を雇っているが、海上保安庁では特殊な言語以外は通訳を雇わず自前で取り調べに当たっている。さらに、海中捜索で警察は潜水夫を雇っているが、海上保安庁は自前でやっている。潜水士がいるからだ。だから見方によっては「一人七役」とも言える。そういう人たちは国家公務員としては初級か中級(高卒か短大卒程度)の扱いだ。
そう言っては失礼だが、下級官僚を含め組織全体としてこれほど働いている役所を他に知らない。