ぶれる  とは?


1、あるべき場所から振れ(ふれ)動く。

2、意志や政策が一定しなく、優柔不断である。

(wiktionary参照)



当たり前のことかもしれませんが、

止まっているよりも、動いているほうが、エネルギーは使います。


そして、その動く距離が大きい、または、回数が多いほど、エネルギーは多く必要となります。


止まっているよりは、動く方が


歩いているよりも、走っているほうが


踵上げ運動よりも、ジャンプしたほうが


使われる体力が多いのはなんとなくわかる気がします。



同じ歩くにしても、足元が平らで安定している場所のほうが、不安定な場所よりは、大変ではなく、楽だと思います。



人が楽と感じるのは、このエネルギーの消費という観点からすれば、体の動く量が小さく、少ない時なのでしょう。



では、同じ場所で、同じくらいの速さで歩いていたとしても、楽と感じる場合と、そうでもない場合があるのは何故なのでしょうか?


また、立っている時や座っている状態の時は、

体の移動はしていないのに、楽と感じる時と、そうでない時があったり、人によって、楽と感じている人と、そうでない人がいるのは何故なのでしょうか?



それは、動いている、動いていないといった、動作の種類の違いや立っている、座っているといった姿勢違いに関わらず、

その個々の『状態』にブレがあるか、ないかの違いです。



『状態』=『姿勢』ということでしょうか?


体の構造の課題に焦点を絞れば、そう言うことになります。


体の構造の課題である、歪みを整えて、『姿勢』が良くなれば、

歪みがあって、『姿勢』が良くないよりは、楽になると思います。


ただ、


『姿勢』が物凄く良い人が、


走りたくもないのに、走らないといけない状況で、『姿勢』良く走ったとしたら、


恐らく、楽ではないでしょう。



それは、姿勢は良くても、『状態』が不安定だからですね。


この場合の『状態』は、したくもない事をしなければいけないという、自分の意識のブレです。



身体的な姿勢のブレと、意識的なブレを少なくすることで、その『状態』のブレは少なくなり、結果として楽な状態になります。


短絡的に言えば、身体、姿勢を整えて、自分がやりたい事をしている状態が良いと言えるのだと思います。



姿勢は外見上の変化が実際に見えるので、そこまで、表面的と潜在的な部分での違いは出にくいですが、


意識に関して言うと、表面的な部分と潜在的な部分との違いがある場合があります。



裸のまま生まれてきた赤ちゃんは、それまでお母さんのお腹の中で羊水と呼ばれる液体に囲われていました。


その皮膚に当たる環境が急に空気に変わり、いつしか、服を着ることが当たり前となり、皮膚には大半の時間衣類が当たることになっています。


それでも、潜在的な部分では、肌触りのよいものを好んだり、適切な温度の湯船につかる事で、リラックス出来たりします。


当たり前のような事だけど、そこには表面的な部分と潜在的な部分のブレがある事になりますよね。



生きていく上で必要な事 



本能的に求めている事



には、


違いがあります。



違いを感じるからこそ、『ブレ』が発生し、その『ブレ』がまた新しい『ブレ』を増やしていきます。


違いは悪ではなく、それが生物としての進化を生むことも確かです。



様々な体験を繰り返す中で、生きていく上で必要な事と本能的に求めている事の違いに、ある意味、“落とし所”をつけていきながら、成長していきます。



この “落とし所” は、『解釈』 であるのだと思います。


そして、この『解釈』が、ブレを生んでいくのだと思うんですね。



ブレ、ブレ、ブレ、ブレ


決してブレが悪いということを言いたいのではなく、


そして、ブレを小さくしてはいきたいけど、完全に無くしたい訳でもないのですね。



不安定で、ブレ易いからこそ、そこに自由度があって、可能性があるのです。


ブレが大きくなったら、また、修正しブレを小さくする。


それを繰り返す中で、


社会的な必要性 と 本能的な欲求  の間には、確かに違いがあって、どこか妥協したり、抑制したりしないといけない部分もあるかと思います、


ですが、


その両者間には、違いだけでなく、共通項、関連性や繋がりがあったり、


どちらが優位かという、縦の繋がりだけでなく、


互いに協調する、横の繋がりでもあることに気がついていくのかもしれません。



身体が疲れる、身体が不調になる、


そこには、ブレが存在する


疲れたり、不調を経験したからこそ、ブレの存在に気がつけた。


そして、そのブレを小さくすると、


その疲労感や不調が緩和する。



大きくなったブレを小さくする。


その経験・体験の中で、様々な事に気がつく。



となると、


疲労や不調は、気が付ける何かに出会うための経験や体験という事にならないでしょうか?



ブレを小さくすると、歩いたり走ったりするのが、とっても楽です♪

と、今朝、ジムのランニングマシーンでの出来事を気楽な感じでお伝えしようと思い書き始めたのですが、


そんな思いとは裏腹に、ブレブレな文章が完成してしまいました。



今回も最後までたどり着いて下さった方、有難うございましたm(__)m