記憶ははかなく

 

薄っすらと影に寄り添う。

 

高齢化は、囲碁棋士も例外ではない。

もちろん、競技人口は少なくない。

 

NHK杯も、すでに70回を超えた。

昭和の初期に始まった中継は、ラジオからテレビに変わり、古い歴史を物語っている。

 

杉内寿子八段、朝刊一面に写真付きで掲載され、最年長対局で97歳だった。

 

新聞報道によると、杉内八段の夫、杉内雅男九段の記録を僅かに超える記録になった。

 

「この日を迎えることができて、感無量でございます。ファンの方には、いつも応援していただいてありがとうございます。これからも目の前の一局一局を大事にしてまいります」

 

とコメントした。

 

杉内八段は1942年にプロ入りし、女流名人4連覇などの実績がある。

 

その杉内さんの姉妹である、故本田幸子八段、楠光子八段(84)も、そろって囲碁棋士として活躍している。

 

50年程前、入院経験したころ、はじめて囲碁を学び、それ以来、たまにネットなどで対局を楽しでいた。

 

最初に指導してもらった人が、当時の婦長さんで、仕事の合間といっても時間外のとき、いろいろと遊びを教えていただいた。

 

麻雀もそのひとつで、しかし、花札はじめ、ゲームの成績は

ほとんど負け越しが多く、いまだにその癖はなおっていない。

 

そうそう、パチンコも患者に誘われ、はじめての経験をしたが、あっという間に球は手元から消えてしまい、楽しむ間もなかった。

苦い思い出も、今では記憶の中からあらわれては、懐かしんでいる。

 

将棋、囲碁も、NHK杯をよく見ては、解説を聞いて、そんな手があったのかと感心していた。

 

当時の棋士は、今でも覚えている。

その中に、杉内さんご夫婦が記憶されている。

 

将棋の大山、中原はじめ、様々なエピソードがうかんでくる。

 

将棋、囲碁とも、初段を目指したが、いまだ達成できず、ただ、テレビの前で一手一手の意味を追っては、うなずいたり、たまに羽生マジックのような手に驚く、シロウト名人と

悦にいっている。

とうてい、AIや棋士には及ばないと、人間の脳の不思議、離れ技に、驚嘆するただの人間として生きている。

 

ところで、藤井聡太、羽生善治、井山裕太、一力遼、各人の脳をのぞいてみたら、何が出てくるか興味は尽きない。

 

<今日の良い出来事>

月を観察している。

買い物の行き帰り、外出時の余裕のある時など、空を見上げている。

先日は、見えなかった日の翌日に、やっとの思いでみつけた。

半月に近く、まだ細い三日月の姿をしていた。

かすかな光、まるで透けるような白色を、辛うじて発見できた。

幸運と言えば言える。

しかし、決して偶然とは思えなくなってくる。

やはり必然、神のみぞ知る。