館内に響く

 

昨日は、引っ越し業者の手助けが必要な荷物を抱え、やっとの思いで自宅まで運んだ。

 

図書館帰りの、複数の書籍、画集。

 

一冊は1キロを超えるような、分厚く大きな本で、日頃の運動不足を解消するには、もってこいだった。

 

ここ数日、体重減少を繰り返す我が身に、異変でもという思いを抱きながらの日々だったが、少しは足しになったようだ。

 

たまに、閉館間近にいくと、いつもの音楽が聞こえてくる。

 

「追憶」

 

聞き慣れているので、つい、同じ事を繰り返すようになる。

自然と、うっすら涙が忍び寄り、こらえるのに困ってしまう。

 

今日は、帰宅後、深夜に、その「追憶」をあらためて見てみた。

 

映画音楽はよくできたもので、画面と一致の、まさしく、感情をさらに後押しするように、感動さえ引き起こさせる。

 

「ひまわり」

 

名画との評判もある、メロディーと楽器による編曲から、次第に迫り来る思いに、いつも、雰囲気や彼女や彼氏の心情までもが、生き写しになる。

 

バーブラ・ストライサンド。

「追憶」の主題歌を歌う女性歌手。

「The Way We Were」というタイトルで、聴覚に訴えてくる。

偶然か、「深夜便」でも特集を組み、スピーカーが鳴る。

 

USBの録音からは、ヒット曲の数々。

ロバート・レッドフォードとの共演では、社会活動家を演じて、効果的な音楽が画面に寄り添う。

 

実を言うと、彼女のヒット曲が、こんなにあるとは思わず、ラジオで初めて知った。

 

昨日は日曜でしたが、番組が目白押し。

テレビ、ラジオ、に視覚と聴覚が総動員。

休みの日とは、勤め人の言う言葉。

 

年金、むかしから労働とは縁が薄く、キツイ体験はあまりなく過ごしてきた。

しかし、見ためでの事で、ひとつぐらいは一人前に、徴兵はなくとも、痛いここちはあったと付け足したい。

 

なにも、威張る事も無いが、事実は事実と、そっと、小声でひとこと。

 

ラジオでは、「いつか王子様が」、映画「白雪姫」での歌と紹介され、知ったかぶってしまった。

 

最後は、「ニューヨークの思い」、ビリージョエルとの共演です。

 

ラジオは無料でも、ちゃんと有意義な時間をもらうことができ、利息だけもらい、元本はなし。

 

これ以上の果報はありません。

 

そして、これはお裾分けでした。

 

もうすぐ、朝日が昇る頃。

太陽の恩恵がまぶしく輝く。

 

また、日々の訪れに感謝したい。

 

<今日の良い出来事>

忘れかけていた書籍を見つけた。

ネットでの販売で、全4巻のうちの、第1~3巻までが手に入り、完結となった。

「数学史 ⅠからⅣ」(ルイブニコフ著、東京図書)、正統な数学史には接したこともなく、これで、より数学の理解ができそう。

 

フィールズ賞

 

訃報が相次ぎ、古希を過ぎた自分も、やがて物故者となる運命を思う。

 

誰にも必ず死が訪れる。

 

当たり前を知りつつ、のんきに構えていた時期もあった。

が、もはや待ったなしと、差し迫るかのような認識を、いつの間にか抱くようになっていた。

 

先輩どころか、50,60代の人でも、すでに世を去ってしまった人もいる。

 

広中平祐氏。

50年くらい前でしょうか、日本人でふたりめのフィールズ賞受賞者との報道に、日本人は少ないのかと疑問を持ったが、どうやら本当に少ないと、後に知ることになった。

 

数学上の業績に与えられる国際的賞で、ノーベル賞ほどは知られていないようだ。

 

享年94。

 

名前を知ったのは、ある雑誌を通してで、写真入りの記事に、えらく記憶に残っている。

 

「特異点解消の定理」

が、その業績で、当時は、意味も分からず、ただ、難しい問題を解いて、数学の発展に寄与したものと思っただけで、内容はもちろん知るよしもない。

 

受賞当時、自分は20歳前後で、広中さんは40才より前。

1970年、国際数学者会議から与えられたもので、40歳以下の若い数学者へ与えれる事になっている。

 

大阪万博があったのも、1970年。

また、初診を受け、その後、入院生活を数年ほど余儀なくされたのも、1970年。

今でも病は抱えたまま。

一向に寛解には至っていない。

 

時間を重ね、現在まで、いくつかの症状に困り果てる時もあったが、総じてしあわせな半生を送ってきたと思う。

 

今の今は、こうしてブログを記す機会に恵まれ、苦し紛れもあるが、どうにか、生きるには困っていない。

 

とびきり良いとも悪いも言えないが、人並みに縁にも恵まれ、満足な日常と言える。

 

もちろん、紆余曲折、変化もあるが、戦争のような極端な経験も無く、平和を目一杯享受してきた。

 

この先、平和が続き、悠久に穏やかな日々が続くか分からない中、怪しい雰囲気が漂う近頃に不安を感じる。

 

戦争など、非日常の極みは、この先、体験される事が無いとは、誰も断言できない。

 

昔、時間をいくらかけても解けない難問を前に、諦めようかと迷い、とうとう降参の憂き目にあったが、しかし、まだ生きていると思えば、たいしたことではないか。

 

今では、その問題は解決済み、ヤレヤレ、長生きすれば良いこともあると、また、しあわせを感じる。

 

いつか、リーマン予想も解かれ、この難問も、難攻不落と思われても、解決する機会が訪れるかもしれない。

しかし、わずかだが、神のイタズラで、絶対不可能となるかも知れない。

神のみぞ知る、ここは諦めて、降参、勇気を持って退散しよう。

 

つまり、負けを認め、和平こそ残された唯一の道と思えば、万事がうまくいく。

 

それこそ、選択を間違えれば、永久に地獄から抜けだせられない

 

最後は、神に仏に、あるいは自然に任せ、つまり他人任せの一見無責任のようでも、地獄に住むよりは良いかもしれない。

 

何とも歯切れの悪そうな結論だが、選択のひとつとしては、いかがでしょう。

 

数学の世界では、大抵の命題は、真か偽か、どちらかだが、それに拘らず、第三の真理値もあってよいではないか。

実際、そのような数学もあるようで、直観論理やファジー論理などが存在している。

 

証明不可能な命題もあり、決着の付けようのないこのような命題は、手を上げて降参するしかない。

 

第三の選択、この方が良い場合もあると思えば、地獄から救済される唯一の道かも知れない。

 

やれやれ、最終結論までたどり着くまで、少し時間がたってしまった。

 

異論反論、その他、あるでしょうが、ここではこれが最上の答えと心得たい。

 

ところで、リーマン予想は、いつ解決される。

自分のあるいは皆さんの生存中に実現するか、とにかく、生命が永遠ではない事から、誰にも分からない。

 

広中平祐氏が何万人いても無理かも知れない。

あるいは、アインシュタイン、アルキメデス、ニュートン、聖徳太子と、よってたかっても無理かも知れない。

 

諦めるか。

もう少しガンバッテみよう。

 

このブログも、もう少し続け、ゆくゆくはノーベル文学賞でも、ポロリともらえるかもしれない。

 

空想、妄想もここまで来れば、本物の病になってしまう。

その前に、退散することにします。

それでは、またいつか。

ごきげんよう。

 

数学者、広中平祐氏は、3月18日(水)に、ご逝去なされました。

94歳でした。

謹んでご冥福をお祈りを申し上げます。

 

<今日の良い出来事>

3月24日は、図書館に数冊の本を返却してきた。

またいつものことで、月を探しながらの道中に、行きはナイナイ、帰りは意外にも細い三日月が、薄らと輝いていた。

運がいい。

しかも、雲の合間にわずかな存在のように、やっとの思いで見つけることができました。

4月3日の午前0時頃も、満月を拝見できました。

 

明日も、また

 

高音が爽やかに、軽快なリズムと共に覚えのある歌詞。

 

まだ暗い窓外は、やがて明かりが地上を照らすころ、日の出が季節の時間を知らせる。

 

竹内まりやさんの、おなじみの歌声が、起床の合図をする。

すでに徹夜気味で、こころは少しうつろの中、一日のはじまりに活気づいていく。

 

深夜便は、特集を組んでの、Jポップが懐かしく、真新しい。

平和な一時の始まりに、安心感が漂う。

 

いつもなら「おはよう」と言うところ、まだ就寝中の姉はいない。

ひとり、孤独を楽しむ粋な時間帯を、思いっきり楽しむようにスイングしてみる。

動き出しそうな体を制止し、まだ眠りからは覚めていないようだ。

 

時計はお日様の機嫌をうかがうように、アラームがなる。

ところが、無音の続く中、故障の気配は、ますます強調するかのように、悲鳴寸前。

 

そうだ、腕時計を買い行く予定だった。

明日が、その日。

何だ正夢か。

 

はっと気づくと、いつものメロディーに、情緒が動かされる。

落涙一歩手前まで、「駅」が4,5分間、聴覚を占領し続けた。

思うこころは、一気に飛び、ふたたび静かに定位置に。

 

やがて、ふたたび、軽快なリズムと歌詞が、ここち良い朝を告げているようだ。

 

最終は「五線譜」。

粋な選曲を思う。

 

今朝は、また平和の音沙汰を届ける。

永続的な願いも、夢で終わらないことを信じたい。

 

一時間番組も終了し、さあ、朝食の支度に取りかかろう。

 

<今日の良い出来事>

雑誌をみつけた。

長年の願い、ついに実現。

新刊より少し高め。

あとは、実行するか否か。

さっそく姉に相談し、了解を得たい。

我が家はすべて合議制。

米一粒でも、しかり。

完全なくらいの民主主義的家族です。

自然な笑いは、しあわせを運ぶ

 

先日、ネットで検索していたら、偶然、ジョークが目に入ってきた。

 

内容的に、多くの人々が感心を寄せるようなので、臨時便と称して紹介します。

 

ウィキペディアから「ユーリイ・ガガーリン」の検索中に見つけました。

 

<ジョーク>

宇宙から帰還したガガーリンの歓迎パーティにロシア正教のモスクワ総主教アレクシー1世が列席しており、ガガーリンに尋ねた。

 

総主教「宇宙を飛んでいたとき、神の姿を見ただろうか」

ガガーリン「見えませんでした」

総主教「わが息子よ、神の姿が見えなかったことは自分の胸だけに収めておくように」

 

しばらくしてフルシチョフがガガーリンに同じことを尋た。総主教との約束を思い出したガガーリンはさきほどとは違うことを答えた。

 

ガガーリン「見えました」

フルシチョフ「同志よ、神の姿が見えたことは誰にもいわいように」(レーニン主義は無神論であり、宗教を否定している)

<以上>

 

当時のソ連の指導者、フルシチョフも、モスクワ総主教と同じ思惑に、ついニコリとしてしまう人間ですが、自分が責任ある地位にいたら、やはり同じ事をしてしまうかもしれないと、想像してしまいました。

 

ご都合主義とも、批判さそうですが、考え喘ぐと、やはり人間って弱い存在と言えないでしょうか。

 

英雄の数奇な運命に、敬意を抱きつつ、人生を追体験してみたいと思いました。

 

<今日の良い出来事>

3月11日は、下弦の月。

午前5時半頃、自宅の玄関先から見ると、真南の方向、高さ、地平線から約30度のところに、いつもの輝きを誇る天体として、存在していました。

むかし、「お月様」と称する天文学者がいましたが、それほど、お月様を愛でていたのでしょう。

宮本正太郎氏。

いまでも、鮮明に覚えています。

彼の、愛すべき天体、人間ではありませんが、なぜ、お月様と仰るのか、きいてみたいです。

わたしも、相当の変人でしょうか。

 

気がつけば高齢者

 

2ヶ月に1回、通院している。

今年初めての、総合病院。

 

バスが到着すると、カードをかざし、割引き券も提示する。

100円ほど安くなり、しかも、路線バスより乗車時間が短い。

もっぱら、コミュニティーバスを利用している。

 

高齢者も、大切に扱われるようになった。

電車では、よく席を譲られ、よろこんだり困ったり。

こちらは、きょうは体調が良いから運動のつもりで、立っていこうと決め、足にチカラを込める。

 

すると、「どうぞ」とばかりに肩をたたかれる。

どうしようと、一瞬迷い、しかし、人の善意は素直に受け入れることにしている。

さて、楽チンはいいが、一向に筋力体力は鍛えられない。

 

ジレンマではないが、これでいいかと、従っている。

 

しかし、体調不良や疲れがきついときは、やはり、譲られた方が、からだも気持ちも助かり、高齢者の特権をありがたいと思わずにはいられない。

 

助かった。

つい、本音が出てしまう。

 

遠出など、長時間の乗車には、立ちっぱなしはキツイ。

つい、空いた席を探すことになる。

いつもは、乗車口に陣取り、乗り降りが楽に出来るように、ドア越しに景色を見たりしている。

 

危機一髪ではないが、上下線のすれ違いの時は、ドアがブルブルと振動し、たまに驚かされるるが、このくらいの冒険も、いい刺激と思っている。

 

相変わらず、体力、食欲、好奇心も、衰えが出てきて、いつ、底をつくかと気にかけつつ、時には悲観的想像をしてしまう。

 

だいじょうぶか。

 

それでも、人は生きなければならない。

 

どこらしょっと、腰を据え、まだまだと抵抗する自分を、励ましながら、きょうも生きている。

 

やれやれ、どこまで行けばいいのか。

寿命の尽きるまで、最終地点の分からないどこかえ連れて行かれるのかと、不安になったり、期待したり。

 

墓場までとは、気が引けるが、天国なら、まあいいかと、自らを慰めている。

 

<今日の良い出来事>

溜まった資料の整理整頓に、手こずりながら片付けをした。

新聞紙や小冊子、雑誌など、数年分が無造作に置かれていた。

少しずつ不要、必要と分け、どうにか一部だけが片づいた。

やれやれ、廊下まで物で埋まれ、行き来に邪魔になる。

多少、住みやすくなった自室を見ながら、自分はなにをやってきたのかと、ため息が出た。

まだまだ、片付けは続けねば、やがてゴミ屋敷化となってしまいそう。

一応は済んだ。

あとは、部屋や家屋全体の片付けを、完成せねば。

何年掛かるだろう。

浦島太郎になりそうだ。