『あんのこと』★★★★
『風の奏の君へ』★★★
『プリンス ビューティフル・ストレンジ』★★★
(満点は★★★★★)




先週『天安門、恋人たち』のリバイバル上映を紹介した際、そこに書いた“ノンレストア”と“DCP化”。何のことだか、わからないですよね(笑)。ボクも調べました。
まず、ノンレストアですが、レストアが傷やノイズの除去、色補正を施すことなので、それをしないということ。
DCPはデジタルシネマパッケージの略。この作品では、35ミリプリントをデジタル化しての上映となります。
技術の進歩は享受しつつも、アナログな部分は残すイメージでしょうか。
さぁ、今週は3本です!




『あんのこと』は、実際に起きた事件に着想を得た作品。


香川杏は21歳。飲んだくれのホステスである母のDVを受けながら育ち、小学4年生で不登校に。12歳の時、母に言われて売春を始め、今では麻薬に溺れている始末。
そんな彼女が逮捕され、変わり者の刑事、多々羅と出会います。
親身になって杏の面倒を見てくれる多々羅に、杏は次第に心を開いていきます。
多々羅のそばには常に週刊誌記者の桐野がいて、刑事と記者という立場を超えた友情が横たわっているよう。
ところが、桐野が多々羅に接近したのには訳がありました。多々羅が薬物更正のための自助グループを私物化し、女性に関係を強要しているというタレコミがあったんですね。
母親から離れることに成功した杏。しかし、それも束の間、すぐに見つかってしまいます。
そんな時、日本中を襲ったのがコロナ禍でした。世間は分断され、杏の居場所は一瞬にして、断ち消えてしまったのです…。


2020年6月の新聞記事を見つけた入江悠監督が、脚本も手掛けた作品。
杏に、TBSの話題のドラマ『不適切にもほどがある!』の昭和の中学生・純子役で一躍脚光を浴びた河合優実。多々羅保には佐藤二朗。桐野達樹に稲垣吾朗が扮します。
重い話です。もちろん、すべてが実話ではないにしても、貧困と暴力がなくならないのも事実。なんとかできなかったのかと思うのは、“こちら側で”平和に生きている証拠なのかもしれませんね。
ひとり暮らしを始めた杏が、母親に見つかった時、実家に戻ったのは、同居する祖母の具合が悪いと懇願されたから。悪魔のような親でも、家族の縁は、悲しいかな、切れませんでした。
言ってみれば、多々羅にもふたつの顔がある。
「人間って…」と思ってしまいますが、自分だって、決して聖人君子じゃないわけで。
いろいろと考えさせられます。河合優実の代表作のひとつになりそうです。★4つ。




『風の奏の君へ』は、岡山県の美作を舞台にしたラブストーリー。


お茶が名産の岡山県美作地方。
高校生の渓哉は、橋の上に立つ、美しいひとりの女性に目を奪われます。すると一陣の風が、彼女の帽子を飛ばしてしまいます。渓哉が手を伸ばすも届かず、川面に浮かぶ帽子。実はこの女性、東京から兄の淳也を訪ねてきた、恋人の里香だったのです。
淳也は東京の大学に通っている時に、ピアニストの里香と付き合っていて、実家の茶葉屋を継ぐことにした淳也は、里香との交際を断ち切ります。里香は納得ができずに、岡山までやってきたのですが、淳也の冷たい態度は変わりませんでした。
あれから2年。渓哉は高校を卒業しますが、浪人の身。何をするにも気合が入らず、だらだらと毎日を過ごしていました。
すると、里香が人気のピアニストとして、コンサートで美作を訪れます。
ところが、演奏中に倒れてしまうんですね。
客席にいた渓哉は里香を見舞います。そして、しばらく兄弟の実家での療養を勧めます。
里香はそれを受け入れるのですが、兄の淳也の態度は相変わらず。それでも里香が美作に残るのには、ある理由があったのです…。


里香に松下奈緒、渓哉に杉野遥亮、淳也にflumpoolの山村隆太。
お茶の名産地である美作は、大谷健太郎監督の出身地でもあるそうです。
兄弟でひとりの女性を好きになる。当の里香は兄のことを愛している。実家の茶葉屋を継ぐためにUターンしてきたアイデアマンの兄に対して、浪人中の弟。里香にも何か秘密がありそうで…。
立場や心のうちがそれぞれに複雑な3人の恋模様。でも、外から見えるものと、実像は、みんな少しずつ違う。そのあたりがドラマ性を高めている気がします。
多彩な才能を持つ“才色兼備”な松下奈緒。演技のみならず、ピアノ演奏、劇中曲の作曲、主題歌の歌唱と、「子供の頃からの好きなことを全部叶えて頂けた」とコメントしています。
タイトル通り、緑の風が吹き抜ける、そんな1本だと思います。★3つ。




『プリンス ビューティフル・ストレンジ』は、天才ミュージシャン、プリンスの生涯を追ったドキュメンタリー。


1958年6月7日、アメリカ、ミネソタ州ミネアポリスに生まれたプリンス。本名はプリンス・ロジャー・ネルソン。
父はジャズバンドのリーダー、母はシンガーという音楽一家に生まれたプリンスは、あらゆる楽器を独学でマスター。
その才能を開花させるきっかけになったのが、北ミネアポリスにあったブラックコミュニティ“ザ・ウェイ”の存在でした。
まだ黒人差別がはびこる時代。黒人の公民権運動が盛んに行われていたミネアポリスには、黒人の若者たちの学びのスペースがありました。
12歳から“ザ・ウェイ”に通い始めたというプリンス少年は、そこでバンドを組み、音楽の道に進むようになる。“ザ・ウェイ”は、まさに彼の原点なんですね。
その頃のプリンスを知る地元の仲間や、プリンスの楽曲「I Feel for You」のヒットで知られる、親友チャカ・カーンのインタビューなど、数々の証言から“天才ミュージシャン”の素顔を明らかにしていきます。
後にミネアポリス・ファンクというジャンルも確立し、黒人と白人の垣根を超えていったプリンス。2016年4月21日、57歳の若さで亡くなるまでに作った素晴らしい作品群と、数多くの偉業はサイト等で調べてみて下さい。
ボクは81年のアルバム『Controversy(邦題:戦慄の貴公子)』に収められたタイトル曲で、初めて彼を知りました。衝撃を受けたことは、言うまでもありません。知らない人は聴いてみて下さい。めちゃめちゃカッコいいダンスミュージックです。
今年3月に紹介した、リトル・リチャードの伝記映画『リトル・リチャード アイ・アム・エヴリシング』を観ると、確かにプリンスは、彼に多大な影響を受けているなと感じましたが、そこには触れられていませんでした。
“プリンスの”というより、“プリンスまわり”から固めていった伝記映画。
そんな意味では、俯瞰したからこそ見える、新たな発見があるかもしれません。ファンの方は是非!★3つ。


Xは@hasetake36