『一月の声に歓びを刻め』★★★★
『風よ あらしよ 劇場版』★★★
『梟 フクロウ』★★★★★
『ボブ・マーリー ラスト・ライブ・イン・ジャマイカ レゲエ・サンスプラッシュ』★★★
『レディ加賀』★★★
(満点は★★★★★)




今週は東京にも雪が降りました。
冬は寒く、夏は暑く。日本には四季があるのだから、それなりの気候こそが健全の証し。
事故に繋がるのは困りますが、少々の不便も、ボクらは受け入れないといけないのかもしれませんね。
さぁ、今週は5本です!




『一月の声に歓びを刻め』は、三島有紀子監督の10作目となる作品。


北海道・洞爺湖。
初老のマキがひとりで暮らす湖のほとりの家に、正月、娘家族が集まります。
腕をふるっておせち料理を作ったマキでしたが、長女の美砂子はどこか浮かぬ顔。
実は、マキは美砂子の父親。6歳の時に性暴行事件で殺害されてしまった次女のれいこを救えなかった自分が赦せず、マキは男性器を取り去り、それから47年、自分なりの形で喪に服してきたのでした。
美砂子は、自分の存在の薄さを感じ取っていて、それが苦しくてたまりません。
翌日、「来るの、これで最後かも」。そう言い残して、美砂子は帰っていきます。

東京・八丈島。
牛飼いを生業とする誠のもとに、5年ぶりに娘の海が帰ってきます。
お腹の中には新たな命が宿っているようですが、話さない海。聞かない誠。
どうやら、相手は島出身の男。少年院上がりの既婚者らしく、彼がフェリーで島に来ると言うのです。
誠は鉄パイプを積んだ車で港へ向かうのですが、途中、同じく鉄パイプを持って道に立ちはだかる海が叫びます。
「人間なんてみんな罪びとだ!」。
海を車に乗せ、亡くなった母のことを思い出すふたり。交通事故で寝たきりになった母の延命治療をどうするか。父と娘で話し合い、中止を決断したのでした。
彼はいつでも妻と別れると、離婚届を海に預けています。海の彼を乗せたフェリーが、港に近づいてきます。

大阪・堂島。
5年前に別れた恋人・拓人の葬儀のため、堂島に戻ってきた、喪服のれいこ。
淀川に架かる橋を渡っていると、トト・モレッティを名乗る“レンタル彼氏”に声を掛けられます。
その名前が拓人の好きな映画を連想させたからか、れいこは彼を“買う”んですね。
ホテルに入って、れいこはトトに打ち明けます。「6歳の時に性暴力を受けた。それからは恋人とも体を重ね合うことができなかったんだ」と。
翌朝、れいこはトトと一緒に、事件以来、足を運んだことのない暴行現場を訪れたのです…。


3つの章から成る映画ですが、オムニバスではなく、地続きの作品だと解説にありました。
実は、監督自身の体験をモチーフに作り上げた劇映画。八丈島と洞爺湖はカラーですが、大阪はモノクロで描かれています。
映画には、なぜそれなのかを読み解くと、監督の意図した部分が見えてくる、そんな深さがあります。
性暴力を受け、世界は本当にモノクロだったと語る三島有紀子監督。自分を救ってくれた映画のスクリーンの中の世界だけが、カラーだったとも。
そんな監督が、今ならこのテーマに向き合えるかもと撮った作品です。
俳優陣の評価が高い1本ですが、中でもマキを演じた、カルーセル麻紀さんの存在感がすごい。逆風が吹く昭和という時代をたくましく“生き抜いて”きたからこその“リアル”があります。
監督のパーソナルがモチーフでも、多くの人に刺さるのは、この映画の登場人物たちのように、生きる誰もが、救えず、傷つけ、傷つけられるからなのかもしれませんね。
設定の、また台詞のひとつひとつに、監督の思いを探してみて下さい。★4つ。





『風よ あらしよ 劇場版』は、一昨年、NHK BSで放送されたドラマの劇場版。


明治28年(1895年)、福岡県糸島の貧しい村に生まれた伊藤野枝。
当時、女性の在り方は、「家にあっては父に従い、嫁しては夫に従い、夫が死んだあとは子に従う」が善しとされていた、“男尊女卑”の時代。
そんな中、東京に憧れていた野枝は、親戚を頼って上京。猛勉強の末、高等女学校への入学を果たします。
そこで教師の辻潤と知り合うんですね。
辻が教えた、平塚らいてうの言葉。「原始、女性は実に太陽であった」。この一文に大きな感銘を受けた野枝。
しかし、野枝の実家では、家族を養うために、野枝の望まない結婚話が勝手に進んでいたのです。帰省して、一度は相手宅に入るも、すぐに飛び出し、再び東京へ。憧れを抱いていた辻のもとに転がり込み、共に生活を始めます。
そして、野枝は、平塚らいてうの主宰する青鞜社の門を叩いたのです…。


吉高由里子主演の社会派ドラマの映画化です。
あらすじはほんの導入部で、まさに波瀾万丈。このあと無政府主義者の大杉栄との出会いが、野枝の人生を変えていきます。
大正12年(1923年)に起きた関東大震災がきっかけで、社会不安が増し、デマが横行。憲兵隊が思想犯らを取り締まる中、野枝は大杉栄と共に捕らえられ、殺害されてしまいます。
享年28歳。短くも濃い、野枝の波乱の人生を、恋愛の側面も含め、描いた1本です。
柳川強監督は言います。
香港の周庭さん、デニス・ホーさん、スウェーデンのグレタ・トゥーンベリさん、#me too運動など、世の中に風が吹いている。野枝の存在自体が少し時代を先取りしていただけで、ようやく時代が彼女に追いついてきたのではないかと。
自由を求めて闘った、大正時代の女性たち。どこかに変革の扉が開いた瞬間があるとしたら、確かにこの映画に登場する女性たちが、大きな契機を作ったのかもしれません。
そんな意味でも、今、観るべき映画と言えそうです。★3つ。





『梟 フクロウ』は、韓国のサスペンス時代劇。


17世紀、李氏朝鮮の仁祖(インジョ)王時代。
清の人質として捕らえられていた皇太子のソヒョンが帰国。インジョ王に、先進的な清の治世スタイルを勧めますが、保身からか、かたくなに拒むインジョ王。
その少し前に、鍼の腕を買われ、王室医として働き始めた盲目の鍼灸師がいました。彼の名はギョンス。
目が不自由でも、懸命に働くのには訳がありました。ギョンスには、心臓に重い疾患を抱える弟がいたのです。
咳が止まらないソヒョンのために、鍼を打つギョンス。確かな施術に信頼を得たギョンスは、皇太子との間に、身分を超えた友情が芽生えます。
ある夜のこと、ソヒョンの容態が悪化したとの報せを受け、ヒョンイク王室医とソヒョンの寝室へと急ぎます。
ヒョンイクが鍼を打てば打つほどに、瀕死の状態に陥っていくソヒョン。
すると、暗闇の中で、ギョンスは驚愕の事実を“目撃”してしまうのでした…。


韓国映画は名作が多い。
これも、そんな1本です。
「仁祖実録」なる記録物に記された“怪奇死”に発想を得た作品だそうで、謎多き史実に、創作意欲が掻き立てられたのかもしれませんね。
あらすじをどこまで書けばネタバレにならないのか、そのさじ加減が難しい1本。
ギョンスにはある秘密があって、ソヒョン皇太子との間に友情が芽生えたのも、ソヒョンはギョンスの秘密を知り、かつ受け入れてくれたから。
カッと見開いた目に、針が刺さりそうな写真は何を意味しているのか。観ればわかります。「なるほど…」と唸るはずです。
西洋の時代劇となるとちょっぴり世界観が違いますが、アジアの時代劇は共通する部分が大きいので、国境を越えても楽しめるのは、時代小説が証明してますもんね。
2023年の韓国の映画賞で最多受賞を記録したそうです。それも納得の作品です。満点!★5つ。





『ボブ・マーリー ラスト・ライブ・イン・ジャマイカ レゲエ・サンスプラッシュ』は、ライブ・ドキュメンタリー。


1981年、36歳の若さでこの世を去ったレゲエ界のカリスマ、ボブ・マーリーの、母国でのラストライブとなった、1979年7月の“第2回レゲエ・サンスプラッシュ”の模様を映像化した作品。
ボブ・マーリー&ザ・ウェイラーズの他にも、82年の世界的大ヒット「Try Jah Love」で知られるサード・ワールドや、アフリカ回帰の思想であるラスタファリのメッセージを歌うルーツ・レゲエのアーティスト、ピーター・トッシュやバーニング・スピアなどが出演。
硬派なルーツ・レゲエが下火となり、娯楽としてのダンスホール・レゲエが主流となる過渡期のライブという意味でも、貴重なステージ映像なんだと思います。
日本でも、90年代に一大レゲエ・ブームが巻き起こり、レゲエ・フェスが全国で開催されました。この頃は、まだジャパニーズ・レゲエも大きなうねりにはなっておらず、どちらかというと、独自のリズムがコミカルなイメージで捉えられていた感じでしょうか。
今はまた、女性アーティストによるセクシーさが強調された音楽に変わってきた?というのは、オジサンの持つ先入観かな(笑)。
ボブ・マーリーの名前が全面に出ていますが、ジャマイカのルーツ・レゲエのライブ映画だと思って観に行って下さい。
温故知新。当世レゲエ好きの若者には、そんな1本になるはずです。★3つ。





『レディ加賀』は、石川県加賀温泉を舞台にしたハートフルコメディ。


タップダンサーを目指し、上京した樋口由香。しかし、現実は甘くなく、思ったような活躍ができずにいました。
実は由香は、加賀温泉郷にある老舗旅館の一人娘。母が倒れたとの電話をきっかけに実家に帰った由香が、「女将になってあげてもいいかな」と母に告げると、「あなたには無理です」とピシャリ。
そんな時、新米の女将を集めた“女将教室”が開講されると知り、幼なじみのあゆみと共に参加する由香。しかし、中途半端な覚悟と、ダンスへの未練から、なかなか身が入りません。
時を同じくして、町おこしで加賀に来ていた観光プランナーの花澤の提案により、若女将によるタップダンスチーム“レディ加賀”が結成されることに。
リーダーに指名された由香でしたが、踊ることにまったく慣れていない彼女たちをひとつにまとめるのは至難の業。
またしても由香の前に、高い壁が立ちはだかるのでした…。


2011年、実際に加賀温泉郷に誕生した温泉旅館の
若女将たちによるプロジェクト“レディ・カガ”。
それにインスピレーションを受けて作られた映画だそう。
ハリウッド映画でもそうなんですが、ボクは主人公が改心していく物語でも、あまりに初めの印象が悪いと、「どうでもいいじゃん、こんなやつ」という気持ちになって、ストーリーに入り込めなくなってしまうのですが、正直、この映画もそんな感覚を抱きました。
もっと言うと、由香の未熟な時間が長すぎるんですよね。だから、達成感を共有できない。そこが残念だったかなぁ。
あくまで個人の感想です。逆にこの映画がきっかけで、リアルな“レディ・カガ”の存在を知ることができたし、今、石川県を訪れるのは大事なことですから。そんな観光ムービーとして観るのもありじゃないでしょうか。
能登半島地震で被災された方のために、配給収入の一部(5%)が義援金として石川県に寄付されるとのこと。映画を観ることで、石川県の応援に繋がります。これは素敵な取り組みだと思います。★3つ。


Xは@hasetake36