悩み解消のブログ -4ページ目
子供のころは不思議と
どこからか力が湧いてきて、
がむしゃらにいろんな事に挑戦し、
くじけても負けずにどんどん
力を蓄え成長していった。
まさに自転車のペダルを
漕ぎまくってこれ以上
だせないだろうと思える
スピ-ドで先に先に進んでいった。
社会人になり、自転車がペダルを
漕がなくても進む下り坂に
差し掛かったように、
全く運動することなく、
大した努力もせず、失敗を恐れ、
目の前の困難だけを乗り越えようと、
その力だけを利用して惰性で生きている。
今更加速などできない。
昔かんばって蓄えた力を
できるだけ減らさないように使い、
なくなったら1つの才能が終わる。
「ここだけは」という
記憶には自身があった。
特に聞いた内容、
例えばテスト問題でも、
講義後その内容についての
問題などは人より優れていた。
最近、何をするのか忘れて、
頭の中に隙間ができるときがある。
急に頭の中が真っ白になるのである。
人に迷惑をかけないときならいいけど、
電話の途中とかで、
伝えなければいけないことを、
他の話をしているうちに
突然電源が切れたかのように
記憶が消去され、
全く思い出せなくなることがある。
変な緊張のせいもあると思う。
自身があったことだけにショックも大きい。
面倒臭い事は嫌いで、覚えられることは
頭の中だけで処理していたけど、
これからはメモを取る週間を身につけようと思う。
努力をせず、こつこつ努力している
周りにおいていかれるのもいやで、
うまくいかないと嘆いている。
そして、自分を保護するために
相手のちょっとしたミスを
大きく悪く言うことがある。
つい、よく出てしまうのが、
相手がたまたまそこだけ
知らなかったにすぎないことを
自分が知っていると
すごく得意気になる。
人の悪いところは見えるが
自分の悪いところは気づかない
人を悪く言うから自分が辛くなる。
相手を認めないから自分が不安になる。
人の指摘をすればするほど
自分でその失敗はできない。
そんなに完璧ではないのに。
完璧ではないというより、
劣等感があるからつまらないことにこだわる。
小さい子に絵を描かせたら
誰かが教えない限り、
画用紙の枠の中だけには納まらない。
それどころか、壁でも床でも
限りなく飽きるまで書き続けるだろう。
このように、元々持って生まれた才能は
誰かが枠を作らない限り、
誰でもどこまでも大きく広げられる
可能性のあるものである。
子供は小さくて何もできないと親が
思い込んでいるだけだ。
例えば金魚。
金魚は小さい魚である。
それは思い込みであり小さい水槽で
育てるから小さいのだ。
金魚をすごく大きな水槽で
育てれば鯉より大きくなる。
限られた世界が作られるために小さいだけだ。
人は一人ではなにもできない。
歴史上の偉人のように
何でも一人でこなせる様に考えがちだが、
実は名前が有名なだけで、
かくれた人物がいっぱいいる。
逆に言うとしつかりした
人付き合いがあるから、
いろんな可能性がある。
ここでいう人付き合いとは、
儀礼的や金銭的なものではない。
現代人は人付き合いが苦手である。
隣に住む人でさえ知らない人がいる。
人付き合いがなくても
生活には困らないけど
それはお金への変換で
成り立っている。
逆に言えば人付き合いがあれば
お金がなくても生きていける。
お金がないと困っている人ほど、
他人を邪険にしている。
それは、人付き合いを知らないために、
矛盾した要求だけをするからだ。

