開業から17年以上経っていますが、これまで色々な相談に関わってきました。
やはり多いのはお金関係です。
最近は補助金助成金に関してのことなどやリスケ、借入や社債、新株発行、クラウドファウンディングなどもありますが、
税金の話は全企業に関わることですのでやはり非常に増えがちです。
そんな話の中での一例を。
「経費で落ちるなら、なるべく落としておいてよ」
――この一言から、全ては始まりました。
1.「経費は社長判断」で走り出した会社
あるサービス業のA社。
創業して5年、売上もスタッフ数も順調に伸び、社長は少し肩の力も抜けてきた頃でした。
経理担当のBさんは、入社2年目。
会計ソフトの入力はできるけれど、税法は正直よくわからない。
そんな中で社長から言われたのが、冒頭の一言。
「よくわからないものは、とりあえず“会議費”か“交際費”に入れておいて。ダメなら税理士の先生が言ってくれるから」
会社には「経費精算規程」もなければ、「領収書のルール」もない。
あるのは、社長の“なんとなくの感覚”だけです。
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社長の家族との食事 → 「いつか仕事につながるから交際費」
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社長のゴルフ → 「お客さんと行くかもしれないから接待費」
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社長の自宅で買った家電 → 「テレワークで使うから事務用品」
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レシートがなくても → 「社長が言ってるんだから立替金で精算」
Bさんは不安に思いながらも、「社長がそう言うなら……」と入力を続けました。
2.税務調査、突然の訪問
そして、ある年の10月。
税理士からの電話で、会社に緊張が走ります。
「A社さんに税務調査の連絡が入りました。来月2日間、本社で調査が入ります」
社長は「まあ、うちくらいの規模なら大丈夫でしょ」と軽く構えていました。
しかし初日、調査官が最初に口にしたのは予想外の一言でした。
「今回の調査は“経費の妥当性”を中心に見させていただきます」
調査官が開いたのは、損益計算書の「交際費」「会議費」「旅費交通費」のページ。
そこには、社長の“ゆるい経費判断”の結果がぎっしり並んでいます。
3.「これは、どなたと行かれた会食ですか?」
調査官は、Bさんに静かに質問を重ねていきます。
「この10万円の会食、参加者はどなたでしょうか?」
「ここに“家族旅行”とメモがありますが、仕事との関係は?」
「この家電購入、会社のどこで使っていますか?社長の自宅住所ですね」
Bさんは、答えられません。
なぜなら、会社には
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「経費精算書」のフォーマットもなく
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「参加者」「目的」「案件名」などの記載欄もなく
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領収書の裏に、日付と金額以外何も書かれていない
からです。
仕方なく、社長が同席して説明することになりました。
社長:
「このときは、お客様と将来の仕事の話をしてまして……」
調査官:
「お名前を教えてください。交通費や宿泊の記録が残っているはずなので、確認しますね」
社長:
「えっと……取引にはまだ至っていなくて……」
質問が深くなるほど、「仕事との関連性がはっきり説明できない」経費がどんどん積み上がっていきます。
4.“経費”から“一部は社長の給与”へ
2日間の調査が終わり、後日、税務署からの指摘事項が一覧で届きました。
そこに記載されていたのは――
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家族との飲食費 → 私的支出として損金不算入
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家族旅行を兼ねた出張 → 実態は旅行分を否認し、経費から除外
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自宅家電・家具 → 事業との関連性が乏しく、経費否認
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クレジットカードの私用分 → 社長への「役員賞与」と認定
結果として、
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否認された経費分について、法人税の追徴課税
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「社長への経済的利益」とみなされた分について、源泉所得税の不足
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悪質と判断された部分については、重加算税の検討
という“ダブルパンチ・トリプルパンチ”の内容でした。
税理士:
「社長、経費規程も精算ルールもないまま、“あとから何とかなる”で通してきたツケが一気に来ましたね……」
社長:
「経費で落ちたらラッキーくらいに思ってたんだけど……」
まさに、その“ラッキー頼み”こそが最大のリスクだったのです。
5.経費規程がない会社で起こりがちな「税務リスク」
このA社のケースは、決して特殊ではありません。
経費規程が曖昧な会社では、同じような構造的リスクが生じます。
① 経費の線引きが「人によってバラバラ」になる
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社長の感覚
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経理担当者の感覚
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現場社員の感覚
それぞれの“なんとなく”で経費処理がされるため、
同じような支出でも「ある社員は経費になる」「別の社員は自腹」という不公平も生まれます。
税務署は、「恣意性」「一貫性のなさ」に非常に敏感です。
ルールがなければ、“さかのぼって否認”される余地が常に残ります。
② 「説明できない経費」が増える
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誰と
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何の目的で
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どの案件に関連して
その場では覚えていても、1〜2年経てば記憶は曖昧になります。
調査の場で「たぶん仕事だったと思います」は通用しません。
「説明できない経費 = 私的流用の可能性あり」
という目で見られ、まとめて否認されるリスクが出てきます。
③ 社長個人の“財布”と会社の経費が混ざる
経費規程がないと、次のような発想が当たり前になりがちです。
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「とりあえず会社カードで払っておく」
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「プライベートだけど、将来仕事に繋がるかもしれない」
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「あとで精算すればいいや」
ところが、税務上は
「仕事との関連性を客観的に説明できるか?」
が全てです。
説明できない支出は「社長の給与」「社長への貸付金」「私的流用」とみなされ、
法人税・所得税・源泉所得税・消費税など複数の税目で波及的に問題が起こります。
6.税務署から見た「危ない会社」の共通点
税務調査官は、最初から帳簿の数字だけを見ているわけではありません。
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経費精算書の書きぶり
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領収書の整理状況
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経費規程の有無
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社員の説明の一貫性
こうした“運用面”を見て、
「この会社は、経費の管理が甘そうだ」
と判断した瞬間、交際費・旅費・会議費・福利厚生費など、
“主観の入りやすい科目”を集中的に掘り下げてきます。
言い換えれば、
きちんとした経費規程と運用がある会社は、“最初の印象”で得をする
とも言えます。
7.経費規程は「税務リスクの防波堤」
A社は税務調査の後、税理士と一緒に慌てて経費規程を整えました。
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経費として認める項目・NG項目を明文化
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会食・交際費は「相手先」「目的」「案件名」を必須記載
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社長・役員の支出には、社員より厳しいルールを設定
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自宅・家族・プライベートとの境界線を具体的に規定
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経費精算書・領収書のフォーマットを統一
同時に、社長自身も
「“落ちればラッキー”ではなく、“説明できるものだけ経費にする”発想に変えないとダメだな」
と腹をくくりました。
最後に・・・
「経費規程がない」は、いつ爆発するかわからない地雷
経費規程を作っていない会社で起こり得ることは、シンプルです。
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その場しのぎの経費処理が積み重なる
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税務調査のタイミングで一気に掘り返される
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過去数年分まとめて否認・追徴される
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社長個人にも税金・ペナルティが波及する
そして何より怖いのは、
「経費規程を作っていないこと自体、日々“税務リスクを積み上げている”という自覚が持てない」
ことです。
経費規程は、“節税テクニックの道具”ではありません。
むしろ、
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社長個人を守り
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会社の数字の信頼性を守り
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社員の不公平感を防ぎ
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税務リスクを手前で食い止める
ための防波堤です。
「うちは経費規程なんてちゃんと作ってないな……」と少しでも感じたら、
税務調査の連絡が来る前に、静かに地雷を撤去しておくタイミングかもしれません。