お盆中は仕事の旦那を残して実家に帰った。

やはり実母は強しと感じた

いや、実母は実子に弱し、実孫にもろ弱しと感じた

 

兄夫婦が実家の近くに住んでいるのだが、彼らは一切実家に贈り物を渡さなく、夕飯を食べにだけ実家にやってくる。

それを笑って許す母

 

私の次男誕生のときなんかタカラトミーの株主優待割引券を出産祝いに渡してきた。

しかも折れた紙切れをそのままはいどーぞと。

妹夫婦はしっかりのし袋に2万円を入れて渡してくれたのにだ。

念のためどうにか得するものなのかとネットなどで割引券の使い方を調べてみたが、私からしたらまったく得しないものだった。

タカラトミーの公式ネット販売サイトで購入できるものの60%割引で買えるとあるが、

もともとビックカメラでプラレールは50%割引で買えることが多く、ポイントもつくので割引率が悪い。

しかも、公式サイトの品数はビックカメラより悪く少ないことが多かった。

そんな兄に私たち家族には使えないものだったと話しても、

あそっか、おまえにあげたものだから好きにしていいよ

と言われる。

 

その後、もやもやしながら内祝いを注文する日になり、

母に兄夫婦には内祝いを渡さなくて良いかと聞くと

兄たちは贈呈したと思っているのだから内祝いは少額でも出さないとと言う。

妹夫婦は2万円出してもらったからそれとは差額があっていいからと。

私も母から言われたなら仕方がないと600円の洋菓子を送り、

兄夫婦からありがとう!!と返信がきたが、何を考えているのだか。

 

そして、今年のお盆に実家に帰った私たちに焼き肉へ行こうと急に誘う兄夫婦。

嫌な予感がした。

場所は兄夫婦の持つ株の優待券が使える食べ放題の焼き肉屋

一人3600円程度かかり、その代金を私たちは請求される。

そして兄夫婦は割引券を使用して会計をするので、支払ったのは8000円、私たちから徴収した金額は11000円で、兄夫婦はお金を払わずに3000円の儲けをしているということだった。

意味が分からない。

 

おかしくないかという旨を私は母に話したが、母は

お父さんはお嫁さんがもともと持っている株券の優待でおごってもらうことを好きとしないのよ。だからね。と返す。

そんなことをしてずっとずっと兄の誘いに乗るのかと思うとうんざりした。

 

お盆帰省から自宅に帰り、2日経っても私は不服な気持ちでおり、

これは言わないと兄夫婦はいつまでも不快な気分を押し付けてくるのだろうと思ってまた母に兄に物申したいと私は相談したのだが、

今回までは見逃してあげてくれるかな。あなたは年に何回も兄夫婦に合わないのだからこの様なことはそうそう起きることではないのだし。

と返される。

 

ここまで許せる母はやはり兄を溺愛してしまうということなのかもしれない。

 

私も2児の母として20~30年後にそういう態度を取るのだろうか。

私が我慢すれば済むなんて思うことは、家族に対してするべきではないと思う。家族がおかしいことをおかしいと伝えなければ、

世間の他人におかしいことを平気でしてしまう人になるのではないかと思う。

私としては一緒に暮らさなくなっても親兄妹のことを少なくとも家族として大切して、公平に接することを考えられるのが良いと思う。

 

なので、兄夫婦のようになりたくないということと、母のような子供に甘い態度はとらないようにするということをここに記して今後見返し思い出したいと思った。

 

 

自転車を漕ぎながら、またはシャワーを浴びているときに、または駅へ10分かけて歩く途中に、それは一人でなく家族といる時に

ムカついた場面を思い出してしまうと

つい「マジ死ね!!」と独り言を吐き出してしまう。

思わず舌打ちが出る人と似ているが、私の場合言葉にしてしまう点で行き過ぎていると感じているが治まらないときがある。

 

言葉が出てしまった時に小学校時代の担任の言葉を思い出す。

「死ね!!」「失せろ!!」は絶対に口にしてはいけない。

この理由は覚えていないが、担任がいじめ問題についてを深刻なことだということを伝えたかった場面であったことも一緒に思い出す。

自分でも「マジ死ね❕❕」は道徳的に間違ったことだと感じているのだけれど1日1回ほど言ってしまう。

 

ムカついた場面を思い出す。

それは割と性急にきてしまい数か月前、1年前、3年前、5年前、10年前くらいのことがワッと思い出されてしまう。

厄介なのはムカついた原因はきっと日常にある(姑に小言を言われたり、仕事の人間関係にうんざりしたり、旦那に家事育児ストレスを理解されなかったり)のに過去の感情に結びつけて原因をすり替えているような状況なこと。

 

こんな状態は精神疾患だと、病気だから治療しないといけないなんて言う共感できない人が今の日本に多いなら、

私の心に穴が一生空いたままになると思う。

 

それくらい私にとって「マジ死ね❕❕」と口に出すことは心のよりどころになっているのだと思う。

今晩また一人の時に「マジ死ね❕❕」と言ってしまい感情をしまいきれなかった自分を懺悔しようとした瞬間

私の脳内でこんなことが浮かんだ

「マジ死ね❕❕」=「Oh,shit!!」

 

アメリカでも言ってはいけないと教育される言葉と似ているではなくて、ほぼ同じと考えたらどうか。

日本では不快に思えてしまう言葉が

異国のアメリカにもあるのだよな。

遠いアメリカ、ありがとう。

 

そう思い、心がふと楽になった。

1日1回以上も「マジ死ね❕❕」を言ってその都度懺悔ばかりして生きていたくなかったから、少しでも納得できるように言葉の意味を置き換えた。

今の自分にはそれが「治療薬」だったのかもしれない。

 

脳内ニューロンはポジティブな回路とネガティブな回路をどれ位の割合で育てていくのだろう。

30代の私は今、負の思考回路を記憶ニューロンと一緒に急速に育てている所なのではないかと思う。

それを制御しようと正の思考回路が介入してきた瞬間だったのかなと思う。

 

今日、こう感じたことは10年後に思い出せるだろうか。

比較的で良いから、良い思い出を沢山思い出せる人間になりたい。

 

 

うつ病にかかる人は今20%以上と言われていて、家族に1人はうつ病にかかることを念頭に入れたほうが良い。

 

2007年に大学の講義で、心理学専門の教授が話していたのを覚えている。

 

その頃私は自分の指導教授の偏見、えこひいき、セクハラに悩んでいて自分をうつ病なのかもしれないと思い始めていた。

 

いじめを受けた子供が登校拒否をするようになる気分を感じていた。

学校へ行くことはかつて当たり前にできた

学校の机にむかって勉強することはかつて当たり前にできた

学校の授業で宿題を披露、発表することはかつて当たり前にできた

学校の先生に質問をして謙虚に耳を傾けることはかつて当たり前にできた

学校で友達と毎日たわいもない話をして、嫌なことや噂を聞いても受け流せた

 

そんな当たり前と思っていたことができなくなるのは指導教授に毎日否定的な言葉をかけられ、無視され、美人でニコニコ笑うだけの生徒が明らかにひいきされて肯定されていくのを目の当たりにしたからだとある一人のせいにしてぶつけていたからだろうか。

 

教授だけでなく、小学生のころより自分と合わないと思う人は周囲にいた。

そんな人に認められなくても、関わらなくても生きていけるし忘れてしまえば良いし忘れられたのに大学4年生になるとそう簡単に忘れられなかった。

 

自分が何をしたいのか、夢みたいな遠くの希望が何か分からなくなってしまった時期だった。

 

あれから10年経つ今日

 

この10年で私は立ち直って社会人として邁進する気持ちができた

けれど、どうしようもなくうんざりして当たり前のことをできなくなることもふと考える。

 

71歳の姑は毎日のように、こう言っている。

 

60歳ではまだまだ若くて先への希望があるくらい何事にもチャレンジできるのよ。

孫とも沢山遊べるし、面倒を見てあげられる。

でも70歳は違うの、いつ死ぬのか毎日怖くなる。

一週間分の薬がなくなるのを確認するだけで、もう何日生きれるかと焦りややるせなさを感じるの。

 

私はその言葉を聞いて、私だっていつ自分が姑にうんざりして逃げ出すか分からないんですけど。

と思う。

 

もちろんそんな他愛のない話は毎日同じことを言われても受け流している。

けれど、他にも違う種のストレスが重なると、私は姑に罵声を浴びせて姿を眩ませてしまいそうな気がする。

 

そうならないように今頑張っている。踏ん張っている。

10年前のどうしようもならなくて今も忘れられない時期に戻りたくないと思いながら。

 

こんな嫌なことをもんもんと考えてしまうのは妖怪のせいだと

納得してしまいたい