徳島市立図書館にて徳島文学協会会長佐々木義登、理事久保訓子、理事阿部あみによる『驚きの真実、文豪川端康成と徳島の天才作家北條民雄』のトークセッションを開催。


   北條民雄のプロフィール一部省く。20歳東京の全生病院へ入院。川端に手紙を出す。21歳『間木老人』を川端に送り絶賛される22歳『最初の一夜』を川端に送り『いのちの初夜』と改題され、文學界賞を受ける。『いのちの初夜』は第三回芥川賞候補にる。創元社より出版されベストセラーとなる。23歳12月死去。死因は結核、肺結核。


   二年足らずの短い作家活動における彼の身辺の様々を紐解くには資料が少ない。執筆する肖像画は木炭画。写真はわずかで、最近、同級生であった方から少年時代の野球を楽しむ写真が提供されている


   北條が認められた時期は太宰とかぶっていて、当時の太宰と作品を比べても北條の方が優れている。なぜ、川端は作品も読まないうちから北條に好意的な手紙を出したのか。当時川端には文学青年からたくさん手紙が来ていたと思われるが、北條は立場が異常で、自分が返事することによって、悲運の青年が頑張れるなら、という気持ちがあった、と思われる。まさに川端は北條にとって救いの神であった。


   川端は『間木老人』を読んで、北條の文才を感じた。わずか二年間の創作活動で短編を七作書き、すごいスピードで作品の質を上げている。


   彼の作品は、人間はどんな絶望的状況におかれても新たに生まれ変わり生を全うすることができる、と文学のもつ概念を変えた川端でさえ空恐ろしいほどの、類稀なる才能をもっていた芸術家であった。


   命日の12月5日を「民雄忌」と命名した。