"Who" is the Porject Itoh ? | あづまの書斎

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基本的には私が読んで面白かった本のご紹介です。
時々、時事や身の回りの出来事なんかもお話させていただきます。

Project Itoh。

日本語に直訳すると 『伊藤計画』 となり、固有名詞にすると 『伊藤 計劃』 となります。

前回のブログで同氏のお名前を挙げましたが、ご存じでない方のために、例によって作品のレビューを書くことで紹介に代えたいと思います (もっとも、作品の本質を捉えたレビューとなるか不安があります。特に、映画などのレビューでも高い評価を得ていた同氏の作品の場合は、その不安がより大きいものであるように思う)。



≪書籍ご紹介≫
虐殺器官 (ハヤカワ文庫JA)/早川書房
¥756
Amazon.co.jp
アメリカ情報軍 特殊検索群i分遣隊大尉 クラヴィス・シェパードは、とあるターゲットを追って世界各地に潜入する。東欧、アジア、アフリカ・・・。潜入する地域はことごとくが紛争地域であり、凄惨な虐殺が起きた場所でもある。
シェパード大尉が担う任務は、それらの虐殺に関与したターゲットを殺害する事である。



こう書くと、ミリタリーサスペンス、ないしはミリタリーアクションものを期待される向きもあるかもしれないが、内容は完全にSF、それも、言葉の持つ力 (言葉というものの本質、と言ったほうが適切かな) を扱うという、私の個人的な考えでは、SFの中でもっとも難易度の高い (著者が作品としてまとめきれるのか、という点と、抽象的なテーマを読者が理解できずとも最後までついて来れる内容にするという2点において、非常に難易度が高い) ものである。


正直に言うと、まず、この本のハードカバーが出た時は、この作品の存在にすら気付いていなかった。
で、今から2年前、書店で平積みになっていた文庫版を初めて見た時には、タイトルと著者名 (もっとも、著者名である 『伊藤 計劃』 を含んだところまでがタイトルだと誤解していたが) と装丁から禍々しい印象を受け、苦手なグロ描写盛りだくさんのものだろうと勝手に誤解して触れる事すらしなかった。

要するに私は、彼のことについては 『虐殺器官』 の文庫版が出版された時点では既に若くして彼岸の人になっていたこと以外は全く知らなかったのだが、今年に入って 『神林長平トリビュート』 の文庫版を読んで、巻末に彼の手による 『過負荷都市』 が収録される予定であったことと、神林長平先生の 『いま集合的無意識を、』 にて、神林先生が彼について述べているのに触れてようやく彼に興味を持つに至り、デビュー長編である本書を手に取った。

内容は、やはりグロ描写もあるが、むやみに執拗な、グロ描写そのものが目的であるかのような余計な付け足しの類ではなく、作品を通じての彼の主張の方向性を確かなものとするために必要なもので、むしろ、そういった陰惨な描写がなければ、彼が作品を通じて読者に伝えたかったことは、『伝えると伝わるの違い』 という亜空間の中でベクトルを失うか、大きくゆがんでしまっただろう。

他にも、文学、政治経済、生化学、生命倫理・・・といった多様な要素がストーリーを壊さないように絶妙に配置されており、著者の知識の幅広さを感じさせると同時に、知識の単なるひけらかしには終わらない構成力には素直に驚嘆した。


結末は、解釈と好みが分かれるだろう。
私は、主人公のあの行動は主人公個人にとっては救いであり、あの結末を提示された今となっては、このストーリーを締めくくるにはあの結末以外はあり得ないと思っている。


久々に、のめり込むようにして読んだ一冊。
『ハーモニー』 と合わせて、返す返すも作者の早逝が惜しまれる一冊である。