前日にやり残した仕事を片付けると
いつのまにか正午。
仕事の時はいつも弁当だが、
今日はめずらしく外食。
事務所を出て財布を確認すると、
5千円札と小銭が少し。
昨日、
まとまった支払いをしたせいで
財布がさびしい。
”まぁ今日の昼飯は大丈夫だし、
今度の休みまではもつな”
と思い歩きだす。
そのとき、
「たれさ~ん!」と誰かが呼ぶ。
よばれた方を見ると、
向こうのほうからMTBが走ってくる。
乗っているのは相撲取りの様な体格、
ペドロだ、
ペドロは日系ブラジル人、
見た目はほぼ日本人だが、
日本語はたどたどしい。
しゃべることはできても、
日本語の文章は書くのは苦手。
日本に来て6年になる彼は、
アルバイトなどで生計をたて、
国に仕送りをしている。
そんな勤労なブラジル人にも
不景気の波は容赦ない。
思うように仕事がなく、
10月中にブラジルへ帰ると聞いていた。
「たれさん、明日の次の日、私ブラジルへ帰るよ、
だから今日最後ね。」
特に自転車のことを中心に面倒を見てやっていたので
義理堅くお別れの挨拶にきたのだ。
「そうか、帰っちゃうのか、しかしお前、
へたな日本人より律儀だな~。」
律儀の意味はわかっていないと思う。
彼は
「今までありがとう・・」
といって大きなからだを丸めるように
頭を下げた。
「おう!元気でな・・。
あっ、ちょっと待ってなよ。」
あわてて事務所に戻り、あり合わせの茶封筒に
「餞別」と書き
コレじゃわかんないかな?
とその下に
「senbetsu」と書き添えた。
財布を見ると先ほどのような有様。
仕方なく、
封筒に5千円札を突っ込み彼の元へ戻る。
日本円を渡しても両替するので問題はない。
「ペドロ、これ餞別な、セ・ン・ベ・ツ」
すぐに封筒の中身を確認するところは日本人と違う。
「たれさん、ナニこのオカネ」
不思議そうな顔をする。
「餞別って~のは、
サヨナラ元気でなって意味で渡す
プレゼントみたいなもんだよ。
少ないけど遠慮なく受け取りな。」
「プレゼント?」
「そう、プレゼント!」
彼は再び頭を下げ、手を差し出してきた。
「今度日本へ来たときは必ず
一番に連絡をよこせよ、ホントニ元気でな・・・。」
私の倍くらいあろうかと思う手を
ガッチリつかんで握手、
そして、彼の後ろ姿を見送った。
その日の昼食は、
買い置きの「一本満足」になった。
翌日は朝から出張だった。
夕方ごろ帰社すると、事務員の子が
「たれさん、今日大きな人が尋ねてきましたよ。」
ペドロ来たのか?
「何時ごろ?」
今日出張だとは話していなかった。
「午前中ですね、たれさんいないって言ったら、
コレを渡してって・・・。」
”マクドナルド”の袋だった。
「ハンバーガー???」
とっ思ったが、ボリュームがない
袋の中身を確認すると、
鍵が2つ・・・。
「なんだこれ?」
事務員の子にきいても分るはずがない。
しかし、
それが自転車の鍵とわかるまで、
そんなに時間がかからなかった。
あわてて自転車置き場に走った。
そこにはペドロがいつも乗っていた
MTBが置いてあった。
サドルを見ると紙がはってある。
その紙にはへったくそな字で
「餞別」と書いてあった。
ペドロ
「餞別」の使い方間違ってるぞ・・・。
久しぶりにMTBで出かけてみよう。
ペドロと約束したのに、行けなかった
トレイルへ。