遠野放浪記 2015.09.20.-14 一簣之功 | 真・遠野物語2

真・遠野物語2

この街で過ごす時間は、間違いなく幸せだった。

境内はだいぶ暗くなり、もう残っている鹿踊りの団体も少なくなった。

我々の前に、上郷しし踊りの一団がやって来た。年季が入った九曜紋の衣装が、当地の鹿踊りの歴史を感じさせる。

 

 

 

 

こちらは衣装に佐比内の文字。

実は佐比内しし踊りの団体は、オフィシャルブログを開設して情報発信に努めている。他地区や遠野以外の鹿踊りの紹介もたまにあり、ファンならば一読の価値があろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

佐比内は兎に角踊り手の数が多い。スペースの制約が少ない八幡の馬場では、それこそフルメンバーに近い数の踊り手が参加出来る。

鹿の中にどのような人が入っているのかは知る由も無いが、この中の誰かがブログで情報発信しているのかと思うと、隔世の感がある。

 

 

 

鹿たちの行列は切れ目無く続くが、馬場めぐりをずっと見ている俺の記憶が確かならば、次が最後の団体だ。

秋の日が落ちるのは早く、長かった祭事が終われば皆家に帰らなければならない。

 

 

 

 

衣装には「南部神社」と銘打たれ、鹿頭には「鍋倉神社」「遠野柏崎」「遠野土淵」……といった馴染みのある地名が掲げられている。鹿頭の意匠は地区によって千差万別、それぞれに特徴があるのだが、このようにシンプルに地元の地名を掲げるのも、郷土に根差す伝統芸能という感じがしてとても好きだ。

 

 

 

 

 

 

偶々か否かはわからないが、最後に「万年豊作」を頭に掲げた鹿と目が合い、一礼してくれた(様な気がした)。

そしてそれきり、後に鹿が続くことはなく、踊り手たちは祭囃子と共に森の彼方へ消えて行った。

 

 

全てが終わると、急に現実に引き戻されたような寂寥を覚える。祭りの終わり、旅の終わり、年の終わり。これから冬に向かう遠野の風の中に独り取り残され、嗚呼俺はこの土地の住人ではないのだ、自分の家へ帰らなければ……と背後から何かに肩を引かれた様な感覚に陥る。

時間は待ってくれない、前へ進むのみだ。俺は次の一歩を踏み出すために、この場所を去らなければならない。