綾織駅の入り口は集落の中にあるので、駅の姿は見えども中々辿り着かない。
遠くに笠通山(かさのかようやま)を望みながら、広い水田の中に延びる一本道を歩く。
笠通山には、伝説の女妖怪キャシャが住んでいて、葬式があると何処からともなく現れて亡骸を盗んで行くらしい。
遠野博物館にある駄賃付け双六にも、綾織でキャシャに襲われるイベントが設定されている。
遠野三山の一角である石上は、さらにこの奥である。
暫く歩き、漸く綾織駅の待合が正面に見えて来た。だが、まだ駅の入り口は遠い。
砂子沢の踏切があるあたりが、綾織の集落の中心で家も多い。
踏切を渡り、今はすっかり緑の葉が生い茂った桜並木を進むと、ようやく綾織駅の入り口だ。
今日は自転車が3台も停まっている。朝方に此処から出掛けて行った人がいるらしい。
ようやくひと息吐くことが出来、後は汽車に乗って帰るだけだと安堵する。
夏の盛りの綾織はとても暑いのだが、遮るものが何もない田園の中にある駅のホームには時折涼しい風が吹き、幾分か救われる。
遠くに今までいた山を拝み、その背後から夏らしい白い雲が沸き立つ。何度も見た光景だが、今日は一緒に見ている人がいると思うと感慨深い。
十分程度待ち、遠野からやって来た汽車に乗った。
今回の遠野の旅もあっという間に終わってしまった気がするが、まだ此処から半日の汽車の旅が残っている。