我々は朝5時過ぎに目を覚まし、のんびりと身支度をした後に朝食を摂った。
今朝は「100%ポーク!」のスパム缶と、最近では珍しくなったブドウの缶詰。朝はフルーツをいただけると嬉しい。
余談だが、迷惑メールなどを「スパム」と呼ぶ理由は、とあるレストランでスパム嫌いの婦人が「料理にスパムが入っている!許せない!」と店のシェフにクレームを入れていたところ、その様子を揶揄って周囲の客が「スパム、スパム、スパム……」と囃し立てたという伝説のコントに由来し、これから転じてハッカーたちの間で標的に只管「スパム」という文字列を送り続ける行為が流行り、何時しか「ゴミ文字列を送りまくって相手を邪魔する迷惑メール」そのもののことをスパムと呼ぶようになったのだ。
さて、そろそろ下山を開始する時間になるのだが、下界を見下ろしてみても濃い霧に覆われ、全く何も見えない。
何年か前に泊まったときにも、夜半に大雨が降って今と似たような状態になっていたのだが、暫く小屋で粘っているうちに晴れたのだった。今日も運が良ければ、雲海らしい景色が見られたかもしれないのだが……。
あまり長い間待っているわけにも行かないので、雲海は諦めて小屋を後にすることにした。
山頂付近の牧場も、霧に覆われて数メートル先さえ見通せない。
この道の先には何もなく、霧に入った途端にすとんと落ちてしまいそうな錯覚に襲われる。
牧場を抜け、森の中に入ると、幾分か霧が薄くなった気がする。霧の向こうに揺らめいていた牧場の木々とは異なり、森の木ははっきりとその輪郭が捉えられる。
標高が下がると、霧はすっかり何処かへ消えてしまった。
一日振りの地上が近付き、足取りも軽くなる。
足元には若い木の切り株があり、その切り口に苔たちが落ち着いていた。若い木と言っても、人間のそれよりは遥かに長い時間を此処で過ごしているのだろう。
此処まで下りて来ると、漸く下界の街もはっきり視界に捉えられるようになる。青空も見え始めている。
まだ暫くは歩かなければならないが、確実に人間の世界が近付いて来ている。
太陽が出て気温が上がり、早くも汗ばむ陽気である。
足元の地面から湧き出す透明な水が、見るだけでも気持ち良い。
森の切れ目でふと空を見上げると、すっかり霧は晴れて夏らしい白い雲がくっきりとセルリアンブルーとのコントラストを描き出していた。
嫁と初めて一緒に訪れた遠野旅行は、想像したものとはちょっと違っていたが、これも何年かしたら記憶のひと欠片に収まるのだろう。
今日も暑くなりそうである。