野山は強い吹雪に見舞われ、全くと言って良い程に景色は白一色である。唯一、冬でも凍らずに流れる猿ヶ石川の黒々とした水面が、紙の上にインクを流したかのように横たわっている。
森も山も街も、白いカーテンに覆われてその姿を見ることは出来ない。この向こうに確かに、此処で暮らす人々、流れる川、山の鳥たちがいる筈なのだ。しかしそれは、今や現実から掻き消されてしまったかのように、確認することが出来ない。
綾織の一本木に見送られると、いよいよ寂しい雪原が姿を現す。時折見える集落も家の数は多くなく、冷たい白の向こうにいる何かを畏れながら、身を寄せ合って春を待っているかのようだ。
遠野盆地を離れてこれから峠に向かおうかというあたりでは、ますます雪が強まり、もうこのまま一切合切を埋め尽くして仕舞おうかという冬の空の強い意志を感じる。
俺はこれまで遠野の冬を題材にした作品に触れる機会が何度かあった。夕暮れの雪道、立ち並ぶ電信柱の下を歩いて帰る地元民の姿を捉えた絵葉書。木炭で描かれた冬の早池峰神社の画。そんなものたちに出会いながら、冬の遠野への憧れを強くして行った。
しかし、冬の空が少し気紛れに息を吹けば、その前で人間は無力である。