午後になり、早くも太陽は奥羽山系の彼方へ沈んで行く。スタンドの影がホームストレッチに長く伸び、ゴール前はかなり薄暗くなった。馬たちの大地を蹴る足音と息遣いが、より一層耳に残った。
レースが進んでも馬券はさっぱりだった。思えば盛岡でも、ド本命の単勝を2本取っただけなので、岩手での馬券収支はちょっと寂しい感じである。
メイン前の前沢牛杯というレースには、岩手のまゆゆこと鈴木麻優騎手がディアーウィッシュという馬とコンビを組んで出走。そこそこの配当が付きそうだったので、俺は穴場に駆け込み、半分応援のつもりでディアーウィッシュの単勝を買った。
しかし、10歳という大ベテランで馬体重もプラス14kgとあっては流石に厳しく、先行策も虚しくブービーに敗れた。
残るレースは後ふたつ、此処で馬券が取れないと今日の晩ごはんはうまい棒になってしまう。
メインのダービーグランプリには、悲劇の名馬・ロックハンドスター以来の三冠制覇が懸かるライズラインが出走。しかし今回はダイヤモンドカップ、不来方賞と違い、岩手以外からの遠征馬も出走する。JRA認定競走を勝ち上がっているダンスパフォーマー、1勝馬ながら羽田盃や東京ダービーでも善戦して来たドラゴンエアルといった南関東所属馬、そして個人的に最大のライバルになるであろうと見ていた金沢のケージーキンカメなど。此処のところJRAや南関の馬たちにやられっ放しなので、ライズラインなど地元馬の他、ケージーキンカメにも意地を見せて欲しいところだ。
夕暮れが近いダートコースに、ライズラインの雄姿が輝いている。近代競馬の源である岩手の馬として、全国にその名を轟かせて欲しい……。
大きな期待と不安の中、ダービーグランプリの発走を迎えた。
レースはスタート直後、地元馬のマンボプリンスが騎手を振り落とす。何やらこの時点で嫌な予感がした。
ライズラインは中段から最後の直線に向き、逃げる高知の牝馬クロスオーバー、そのクロスオーバーを交わして4コーナー前に先頭に立ったダンスパフォーマーを捕えに行ったが、力尽きて後退。代わって弾けるような末脚を発揮したのはドラゴンエアルで、ダンスパフォーマーに2馬身の差を付け、大井の特選競走以来の2勝目を岩手のビッグタイトルで挙げた。
上位3着までを南関所属馬が独占し、ケージーキンカメがそれから9馬身離された4着。クロスオーバーが5着に粘り、ライズラインは掲示板にも載れない完敗を喫した。
岩手競馬ファン落胆の溜息が聞こえる中、カラ馬のまま律義に2週目のゴール板を通過して行くマンボプリンスの姿が何処か滑稽だった。
こうなるともう馬券も何もかもとことんダメで、最終レースは盛岡で俺に初めての当たり馬券を齎してくれ、この日も圧倒的一番人気に推されたクロワッサンの単勝を握り締めていたのだが、特に見せ場も作れず4着。8戦振りに連どころか馬券圏も外す結果になってしまった。
今日も岩手競馬の厳しい現状を見せ付けられ、ついでに馬券も散々だった俺は肩を落とし、暗くなった水沢競馬場を後にした。次に競馬を見に来られるのは何時だろうか……と、そんなことを考える元気も残らないくらい、今日は燃え尽きてしまった。
此処からは余談だが、俺に当たり馬券を届けてくれたライズラインとクロワッサンコンビは、12月21日の白嶺賞に出走(クロワッサンはその間にもう1戦挟んで)。ワンツーフィニッシュを決め、やはり地元では実力上位であることを示してくれた。その勢いで年明けのトウケイニセイ記念にもコンビで挑んだのだが、JRA→南関東と渡り歩いて来たキモンレッドという牝馬に敗北。キモンレッドも強い馬で、交流GⅠで馬券になったこともある馬なのだが、それでも転入して来たばかりの馬にしてやられるというのは大変に悔しいものだ。
その後さらに3年間、ダービーグランプリのタイトルは他地区に持ち去られていたのだが、2018年にようやくチャイヤプーンが取り返し、僅かながらに岩手競馬ファンの留飲を下げた。チャイヤプーンは不来方賞こそ2着だったものの、その前後で南関東でも重賞を制しており、まだまだ岩手競馬からも南関と対等に戦える馬が出るということを見せてくれた。また、その前年に岩手競馬所属でありながらホッカイドウ競馬に遠征して2冠を制したベンテンコゾウなども、同じく南関東で重賞を制覇。両馬は馬主にトラブルがあって岩手競馬を離れてしまったのだが、他地区でも頑張っている姿を見せられ、岩手競馬も少しずつではあるが希望を取り戻している。
2020年には、南関以外で唯一常設のGⅠである南部杯の賞金が500万円アップし、11年振りに5,000万円に戻ることが決まっている。また、ダービーグランプリの賞金もこの年の800万円から2017年には1,000万円、2020年には1,500万円と着実に増額しており、強い馬が出走を目指す条件が整って来ている。賞金が全てではないが、賞金が高ければ強い馬が集まりやすくなり、レースレベルが上がれば地元馬も負けじと良い馬を育てる意欲になる。願わくはダービーグランプリも再びGⅠの格付けを取り戻して……というのはまだ時期尚早だろうか。
レース外のゴタゴタなどもありまだまだ厳しい状況であることに変わりはないが、このまま良い流れが持続し、何時かまたメイセイオペラやトーホウエンペラーのようなGⅠタイトルを持ち帰れる馬が出て来て欲しい。
燃えカスも残らない程の敗北を喫し、しかし其処から立ち上がる力をきっと岩手競馬は持っている筈。そんな微かな期待も抱きながら、俺はパティと一緒に水沢駅を目指すのであった。