汽車は遠野の街を出て、岩手の闇の中を海へ向かって走る。
ヘッドライトに照らされて、街外れの木造橋が浮かび上がる。此処を過ぎると、あたりは再び真っ暗闇だ。
数分で隣の青笹駅に到着。この駅でもまだ降りない。
そしてさらにひとつ先の岩手上郷駅に到着。この駅で俺はパティを抱え、誰もいないホームに降り立った。
上郷ははまゆりも一往復ずつ停まる駅で、周囲にはそこそこ大きな集落があるのだが、この時間ともなると真っ暗闇である。釜石街道は駅から少し離れたところを走っているため、車の音も殆どしない。
駅のゲートが煌々と光り、ホームまでの歩道を明るく照らしているが、今日はもうこの光の中を歩く人はいないだろう。
明日の目的地は街から遥かに遠い山の中にあるのだが、その最寄り駅が上郷なのだ。ということで、俺は待合室に入り、明日の始発が来るまでの間を過ごすことにした。
釜石線標準の待合室だが中はやや広く、少しだけのんびりと過ごすことが出来そうだ。
鹿踊りの名前が付けられた駅を出発し、明日は鹿の如く軽やかに山の奥まで駆け巡る……そんなことを想像しながら、俺は短い眠りに就くのであった。