彼女の実家は仙北町駅から歩いて15分くらいのところにあり、彼女が生まれたときから増築こそしているが基本的に変わっていないそうだ。
極度の緊張を保ったまま家の門をくぐった訳だが、幸い彼女のお父さんもお母さんも温和な感じの人で、幾分か安心することが出来た。峠で寝たり吐いたりしていた汚い格好のまま訪れるのはどうかと思っていたのだが、お父さんも毎日山に入っていてそのような格好の人には慣れているから大丈夫という。そういう問題ではない気がするが。
兎も角、概ね気に入っていただけたようで何よりである。
彼女の実家では、基本的にお父さんが獲って来た山のものや、地元のりんごや沿岸の魚を食べて暮らしているという。俺も様々な地域のりんごや梨、彼女の実家で収穫したキウイ、山で収穫した栗などを見せて頂いた。
さらに晩ごはんに、地元の食材を使ったたくさんのおかずを御馳走してくれた。
山で獲れたなめこの味噌汁、ヤマメの丸焼き、カキフライ、マイタケとタラボの天婦羅、沿岸のうにを使ったうにキュウリ……食べ切れない程だ。俺はこのとき、岩手の人は毎日こんな美味いものを食べているのかと驚愕したものである。
おやつに駅前通りにある昔馴染みの菓子屋・二葉屋のワッフル、さらにぶどうまで御馳走して頂いた。
俺は折角の食べものを残すのは申し訳ないと思い、頑張って食べ続けていたのだが、とてもではないが食べ切れなかった。後になって「あの人は思っていたより食べなかった」という印象を持たれたと聞き、それから彼女の家を訪れる際には一層モリモリ食べることにしたのだが、仕舞いに「食べ過ぎだ」と怒られることになるというのは、また別の話である。
お父さんとは山の話で意気投合し、お母さんにも一応気に入っていただくことが出来たようで、マーライオンになりながら来た甲斐があった。そうしてそのうちに夜も更け、今回のところは此処でお別れすることになった。
俺は盛岡駅前のカプセルホテルに宿を取り、翌朝に彼女と合流して競馬場に向かうことにした。お父さんとお母さんとは一旦お別れだが、今回は済し崩し的に来てしまったため、近いうちに改めてちゃんと挨拶に来ようと思っていたので、すぐに再会することになるだろう。
タクシーを呼んで貰い、折り畳んだパティと一緒に盛岡駅へ。カプセルホテルに泊まるのは初めてだが、狭い空間が好きな俺にとっては思っていた以上にリラックス出来た。緊張の糸が解けたのか、着替えを済ませて横になると、すぐにそのまま眠ってしまった。そして翌朝まで一度も目を覚ますことはなかった。