遠野放浪記 2014.09.13.-12 地の底の夜 | 真・遠野物語2

真・遠野物語2

この街で過ごす時間は、間違いなく幸せだった。

晩ごはんを終えた俺はボスの店を出て、遠野駅の改札を跨いだ。

今回の旅には、胡桃ちゃんの誕生日以外に裏テーマを設けていて、明日一日でそれをクリアするために、今夜は汽車に乗って遠野を離れるのだ。


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跨線橋の上から夜の闇を眺めていると、遠くから汽笛と踏切の音が聞こえて来て、やがて静寂を破るような汽車の明かりが遠野駅へ入って来た。

あれが今から俺が乗る釜石行きの汽車。今日中に遠野を離れる最後の汽車だ。

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この時間からでは、遠野駅から汽車に乗る人は殆どいない。車内にも、乗客は片手で数えられる程度だ。

遠野を出発した汽車は、途中幾つかの集落を通り過ぎるものの、釜石に入るまでは山深い場所を走る。花巻から遠野の間には、土沢や宮守といった大きな街があったが、遠野から釜石の間にはそれが無いのだ。俺のような旅人を除いては、こんな夜更けに汽車に乗るのは、帰りが遅くなった沿線の小さな街の住人たちだけなのである。


俺は遠野から数えて5駅、住田町に唯一存在する鉄道の駅である上有住駅へ降り立った。

この駅が今晩の目的地だ。

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住田町に唯一の駅といっても、街の中心には山を越えないと辿り着くことは出来ない。近くには集落すらなく、あるものというと鍾乳洞くらい。後は深い山に囲まれるばかりで、正真正銘の秘境駅である。

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最後の汽車でこんな場所に降りたところで、当然何も出来ない。おまけに雨まで降り出して来て、非常に寒い。

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何故そのような駅にわざわざ足を運んだのかというと、明日は上有住以降の全ての駅に立ち寄りつつ釜石を目指したいのだが、晩ごはんの時間までに遠野に帰るためには、どう計算しても今晩の内に上有住に到着する以外になかったのだ。

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ということで、今晩はもう何もすることがないので寝る。

幸いこの山奥の駅には、ロケーションに似つかわしくない立派な待合室があるので、雨風を凌いで眠ることが出来る。

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何故この先の駅に立ち寄って行きたいかというと、少し前に新しくなった釜石線の駅名の看板を見たいからだ。

拙著にも何度か登場している通り、釜石線の駅に掲げられている駅名看板は可愛らしいイラストがあしらわれたJRらしくもないお洒落な感じのものに架け替えられたのだが、花巻から足ヶ瀬までは車窓から写真に収めたり直接現地に足を運んだりして見て来たものの、その先は久しく足を運べていなかったため、拝んでいなかったのだ。

今回、日程の都合上丸一日暇が出来るので、のんびり海まで足を延ばしながらコンプリートを目指そうというわけだ。松倉や小佐野など、そもそもの意味が格好良いエスペラント語の愛称が付けられた駅もあり、それらにどのようなイラストが宛がわれているか、この目で見に行くのが楽しみなのである。