何時の間にか森は深くなり、周囲の山は覆い被さらんばかりになって来た。
急な坂道を黙々と下る。この道は奈落の底に続いているような気がするし、現実に繋がっているような気もする。
随分と久し振りに戻って来たような感じがするが、兎に角これで街に帰れる。
小屋から登山口までは、ほぼ平坦な沢渡りの道だ。ようやく足取りも軽くなり、朽ちかけた丸太橋をギシギシと踏み鳴らしながら石上に別れを告げた。
遥か昔、山と共に暮らす人々が敷いた道を、平成の世になっても旅人が歩いて行く。古代の森に道は無かった。歩く人が多かったから、やがて此処が道になったのだ。
幾度目かの丸太橋を最後に沢は見えなくなり、暗い森を抜けるともう石上とはお別れだ。
名残惜しいような、生還出来た喜びを享受したいような……。あの崖に今すぐもう一度挑めと言われれば拒否するが(笑)、いずれ日常に飽きが来たときには、生きている素晴らしさを実感するために、再び死と隣り合わせの刺激に身を投じることになるだろう。


