遠野放浪記 2014.04.27.-19 夜を待つ家 | 真・遠野物語2

真・遠野物語2

この街で過ごす時間は、間違いなく幸せだった。

薄紅色に染まる一ノ渡の集落は静かに夜を待っていた。

俺は少し回り道をしてバス通りに向かってみたが、外に出歩いている人は見当たらなかった。


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この街から琴畑と、恩徳と、どちらを目指してもその先にあるのは遠野の最果てである。夜に向かい、遠野の終わりに向かう街に流れる空気は他の何処でも感じられない。

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街をひと回りし、俺は夜が来るのを待つためにバス停の小屋に腰を落ち着けることにした。

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バス停の向かいにある家が、恩徳へ向かう前に通り掛かる最後の家である。

俺が小屋の中で寛いでいると、たまたま家から出て来た住人に話し掛けられた。俺は明日、恩徳方面へ足を延ばすつもりにしているのでそれを話すと、家の主は「この先にはもう何もないよ……」と寂しそうに呟き、また家の中に戻って行った。

勿論この先には遠野遺産があり、幾つかの集落もあるのだが、其処に暮らす人はもう多くない。一ノ渡の主も、時代の波と共に襲い来る過酷な現実を噛み締めているのかもしれない。

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少し早いが、バス停の中で晩ごはんを食べて行くことにする。今回は瓶詰の「ピリ辛肉麻婆」だ。

いつもの旅であれば、これから街へ帰り、馴染みの店で甘いデザートや暖かいごはんにありつくところである。しかし今回は、明日まで街には戻らないと決めているので、旅のお供は武骨な食事だ。

独りの時間が長いと、三度の食事は大きな楽しみでもある。白いごはんと瓶詰のおかずがあるだけで、俺にとっては充分な御馳走だ。

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今日はもうバス停で夜を明かすつもりでいたのだが、まだ寝るには早いので、もう少しだけ明日の目的地に向けて歩いておくことにする。前回に通り掛かった際には雪に埋もれていたが、荒川高原への分かれ道に小さな御堂がある筈なので、其処を目指して行ってみよう。