子供たちはお母さんに手を引かれて家に帰って行く時間帯。夜に追われて姉帯を後にする。
まだ畑仕事を続けている人がひとりだけいたが、その他にはもう道に人の姿は見えない。
きっとこのあたりの夜も、遠野や宮守と同じように濃いのだろう。もしかしたらそれ以上かもしれない。
川向に差し掛かると、姉帯踏切までもうすぐだ。姉帯で過ごす一日が間もなく終わる。
叶うならばこの時間がいつまでも続けば良いのに……と思ったりもするが、それではきっと今はつまらないものになってしまうだろう。何事にも終わりがあるから美しく、其処に向かって人は頑張れるのだ。
姉帯の奥に進むに連れて感じた神秘的かつ怪異的な空気は、小鳥谷の街に近付くに連れて薄れつつある。
夕日が沈む方向に向かい、姉帯踏切が見えて来た。
きっとあの踏切のこちら側と向こう側は別の世界。次に来られるのはいつになるだろう……。
踏切を渡ると夢から覚めてしまうような気がして躊躇していたら、小鳥谷駅を出発して来た列車が青森に向かって走って行くのが見えた。いつまでも此処に居るわけにはいかない。時間は前に進むのだ。
踏切を渡って小鳥谷の喧騒の中に戻ると、姉帯で過ごした時間は本当に夢か幻だったのではないかと思ってしまう。しかし俺が見てきた姉帯は、確かに本当に其処にあった。
今までは名前も知らない街だった。切っ掛けが何であれ、その街の存在を知り、どんなところなんだろう……ちょっと行ってみようかな……そう思った瞬間から、新しい旅は始まっているのだ。知らない街に行き、知らない景色を見たい。知らない人に会いたい。だから俺は明日も旅を続ける。
小鳥谷駅から列車に乗った俺は、車窓の向こうに姉帯を見送り、盛岡へ。そして北上で一泊し、東京へ戻った。再び岩手に足を運ぶ日まで、遠い理想郷に思いを馳せて生きて行くのだ……。