遠野放浪記 2013.01.13.-15 五穀豊穣 | 真・遠野物語2

真・遠野物語2

この街で過ごす時間は、間違いなく幸せだった。

俺が道の駅を訪れると同時に、背後から声をかける人がいた。


「かわいいブタくん?!かわいいブタくんじゃないか!!」


果たして、それは2年前に附馬牛で俺を拾ったZ氏(仮名)だった。

詳しい経緯は前作 を御参照いただきたいが、そう……氏との出会いはいつも突然だ。

実は前回遠野で別れた後、氏から聞いたメールアドレスに連絡を試みたのだが、どうやら俺が送ったメールは遠野の深淵に消えたらしく、結果的にそれ以来音信不通になってしまっていた。まさか会えると思っていなかったこの瞬間にばったり出会うとは……。


氏は仕事の途中で、これから柏木平へ向かう前の休憩を取りに道の駅を訪れたとのこと。たまたま同じ場所を目指している俺を目撃し、こんな真冬にバイパスを歩いて道の駅に向かっているのはもしかして……と思って後を付いて行ってみたらしい。

あまり長居は出来ないようだが、再会を祝って一緒におやつを食べていくことにした。



道の駅の喫茶室はまだ開いていた。

氏はホットコーヒーを発注、俺は遠野ジェラート(ゆずと五穀豊穣)を発注した。


「君はこの寒いのに、アイスクリームを食べるのか?!相変わらずだな!!」


生憎、子供と女子高生は冬でもアイスクリームを食べるのだ。


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氏とは短い時間だったが、昔話から未来への展望までいろいろなことを話し合った。

彼はあれからさらに人脈を広げ、異業種とも提携していろいろと面白いことを考えているようだった。もしかしたら将来、仕事の現場でもばったり顔を会わせるなんてこともあったり、なかったり……。

俺は取り敢えず、今年の目標だった真冬の高清水登頂を達成したことを報告。流石に彼もまさかそこまでやるとは思っていなかったみたいだ。


「そんな軽装でか?!やはり君は面白いな!どんどんチャレンジしたまえ!!」


やはり氏はある意味、俺の最大の理解者なのかもしれない。

俺は次の刺激を求め、遠野で面白そうなモノを見付ければ片っ端からそこに飛び込んでみることを心に決めているのです。



氏は程無くして、コーヒーを飲み干して柏木平に出発していった。

俺はまだジェラートが残っていたので、氏を見送ってからゆっくりと完食した。


建物の外に出ると、日はすっかり暮れていた。

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人通りももう殆ど無くなっている。

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この後は、再び日影の交差点に戻って味蔵で食事をしようと思っている。

また500メートルくらい歩くのだが、今度は下りなので楽だ。

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夜空に浮かぶ風車に別れを告げたら、後は街灯もない暗闇の中を歩いていく。

釜石線の線路を挟んで見える街の灯りは、すぐ近くにあるのに俺がいるべき世界ではない気がした。あれは綾織で暮らす人のためのものだから。

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雪に苦労しながらも、15分くらいで日影の交差点に辿り着いた。

何度かここに来るチャンスはあったのだが、いろいろあって結局訪れるのは3年半ぶり2度目だ。

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懐かしい店内では御主人がひとりで店番をしていた。

俺はおなかが空いていたので、オムカレー炙り叉焼麺をダブルで発注。叉焼は某口コミサイトでかなり高く評価されていたとおり、白金豚を使っている自信の逸品のようだ。

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白金豚は元々脂が優しく食べ易いと評判なのだが、そこに御主人の絶妙な炙り加減が加わって恐ろしく美味い叉焼に仕上がっている。写真を見てもわかるとおり、かなりどっさりと叉焼が乗っているのだが、幾ら食べても全然飽きない。

オムカレーのオムレツも、ふわふわかつトロトロでこれまでに食べたオムレツの中でも3本指に入るレベル。料理に拘りを持つと評判で、根強いファンがいる味蔵の実力を見た気がした。



食事を終えて少しゆっくりしていたら、御主人が急に俺に話しかけてきた。


「もしかして、昔来たことがある……?!」


何とかなり以前に一度だけ来て、しかも当時は特にインパクトがあることをしていたわけでもない俺のことを覚えていてくれた!

むしろ何で?!と思っていたら、高清水山に自転車で登るのは充分にインパクトがあることだったらしい……。そんなところへ真冬の高清水に登頂したことを告げた瞬間の御主人の表情は語るべくもない。


それから夜が更けるまで、御主人とのおしゃべりを楽しんだ。

あまり詳しく書くとアレだが、遠野の某団体に●●●●●が●●万円あるとか、●●●の内情がどーとかで何時の間にかすぐ近くにライバル店(産直レストラン)が建ってしまったとか、何でこの人はこんなに遠野の暗黒面に精通しているんだwという話が次から次へと飛び出してきた。そういう話は聞いているぶんには楽しいのだが(笑)これ以上は何か危険な気がしてきた……!

俺の真冬の高清水よりよっぽどスリリングだぞ。

後、以前食べてかなり美味しかったうどんがメニューから消えていることを疑問に思い、それとなく聞いてみたところ、実は御主人はうどんが嫌いだったらしく、当初は同じく料理人の両親の意向もあってうどんを出していたのだが、程無くして止めてしまったとのことだった。ちょっと笑ってしまった。

しかし、自分が食べられないものを自信を持って客に出すことは出来ないということで、人気料理であるにもかかわらずすっぱりとメニューから取り下げるあたりに、御主人の料理に対する強い信念が見えた。



やがて気付けば閉店時間。そろそろ釜石線の最終列車も綾織駅にやって来る頃なので、のんびり歩いて駅に行けば後はゆっくり眠るだけだ。

御主人はおしゃべりを続けつつも食器を洗い、水抜きを始めた。名残惜しいが、そろそろ出発の時間だ。


俺は御主人にまた近いうちに来ることを約束し、建物を出た。

年末とは違い、顔を刺すような冷たい空気が襲い掛かってきた。昔は味蔵が閉店すると何の明かりもなかった日影に、今はローソンの明かりが煌々と灯っている。

遠野にも、昔から変わらないもの、刻一刻と変わってきたものがある。時間は前に進み続けるのだ。