辺りはたちまち庶民臭い雰囲気に包まれ始めた。路上では初老の男二人が将棋のようなチェスのようなゲームに興じ、バタークリームとスポンジだけのような安ケーキ屋から大きなバースデーケーキを抱えた親子が出て来る。ここならCD屋どころかカセットテープ屋だってあるんじゃないか。僕は少し楽観的になった。

 「モルディブの歌手のCDが欲しいのか?」

男が念を押すように聞く。

 「ああ、ライシャ・ジュナイドとか聴きたいね。」

 「おお、ライシャ・ジュナイドね。オレの家の近くに住んでるんだぜ!」

現地の有名な歌手名は予め言っておくとベター。案内する人間が僕の欲しいものをイメージし易くなるし、距離も縮まる。やがて男が足を止めたのは、一見何を売っているのかわからない店。男は近くにいる人に何か聞いた後、僕に言った。

 「CD屋は12時にならないと開かないらしい。午後時間が無いのなら、この店に聞くしかない。」

そう言うと彼はそのよくわからない店の中に入った。どうやら携帯のSIMカードを売る店のようで、ヤル気無さそうな女の店員が一人座っていた。英語が通じるのかよくわからないので、僕は客引き男にもう一度欲しいアイテムを伝えた。男がディベヒ語でそれを通訳すると、店員の女は億劫そうに腰を上げ、どこからか一枚のDVDを持って来て、顔はあさっての方向を向きながらポイっとそれをテーブルに放った。

 「DVDがあるみたいだが、それでもいいか?」

男が言い終わる前に僕が欲しいのはCDだ、と念を押した。こういうケースは結構多いからである。アジア地域で音楽ソフトが廃れてきている中、なぜ音楽DVDだけは健在なのかが理解できない。

 「CD版はDVDと値段は同じだそうだが、それでもいいか?」

 「ああ、いいよ。」

あるのなら、早く持って来てくれ…。心の中で叫びまくる。すると店員の女はパソコンのある席に移動して、何やらキーボードを叩き始めた。しばらくして客引き男がこの女と一言二言言葉を交わすと、こう言った。

 「CD版は無いみたいだから、パソコンからCD-ROMにダウンロードするのでもいいか?」

無いなら早く言ってくれよ。このパターンは以前カラカルパクスタンでも遭遇した展開だ。あの時は結局自国のCDに出会うことは無く、ダウンロードされたCD-ROMで我慢した。ま、CD屋が午後にしか開かないとか言われた時点でこの展開も想定した。それしか無いのなら仕方無い。わかったよ、どのぐらい時間かかるの? 僕が聞くと、大体10分ぐらいだと男は言った。カタカタとキーボードを打つ音だけが聞こえる狭く空虚な店内、僕はソファに座ってただ時計とにらめっこしていた。ま、これでCD-ROMが手に入れば、そしてもしこのおっさんが土産屋なら、お礼に絵葉書ぐらい買ってやるよ、なんて思っているうちに15分が過ぎた。

 「順調にダウンロードしてる?」

僕が声をかけた時、客引き男の口からとんでもない一言。

 「ダウンロード、ダメみたいだ。諦めてくれ。」

パソコンに向かう店員の女、よく見るとダウンロード作業なんてとっくにやめ、平然と別の仕事をやっているようだった。

 「ふざけるな!」

思わず日本語で叫んで店を出た。結局ここにいた時間は何だったんだ。CDも置いておらず、ダウンロードもできないなら最初の時点でそう言えば1分で終わった話だ。ギリギリまで期待を持たせてゼロ回答で済まされた悔しさ。メラメラと何かが燃え盛り、ブチッ!という音が聞こえた。次の瞬間、足を引っ張られたかのように突然よろける。怒り心頭のあまり卒倒したのかと思いきや、足元を見て状況がわかった。堪忍袋ではなく、ビーチサンダルの緒が切れた音であった。気付くと客引き男は得意の速歩きで僕の5メートル程先を歩いていた。お、おーい。。威勢良く怒って店を飛び出した直後にまさかの靴の破損、おまけにここからの帰り道を知らない僕には、もはや情け無い声で男を呼び止めるしかできなかった。一方客引き男も僕を置いて去ったのではなく、目的達成できなかったので取り急ぎ元の場所まで誘導しようという思いから僕の前を歩き出しただけだったようで、すぐに戻って来て状況を知ると速やかに靴屋へ案内してくれた。

 モルディブだけに国産品は皆無。全て輸入品なので全体的に高額だ。それに加えてサイズとか、履き心地とかも加味した結果、20ドルの出費を余儀無くされる。ともあれ普通に歩けるようになったので、客引き男に負けない速さでなーこ達の元に戻った。イスラミック・センターの金色のドームが見えて来た時、客引き男は少し歩くペースを落として言った。

 「じき昼時だから、これから君達を美味いレストランに案内するよ。食事してる間にCD屋が開くだろうから、オレがひとっ走り買いに行ってくるってのはどうだ?」

それぐらいしか残された方法は無いな。僕はとりあえず了解。間も無くモスク前広場に辿り着き、無事なーことしーちゃんに会えた。

 男はそのまま僕達をチャンダニー・マグー通りにあるレストランに誘導。午後のボートの時間が迫っているので、迷わずそこで食事することにした。残念ながらそこは当初期待していたモルディブ料理店ではなく、普通の洋食屋。ランチメニューはボリュームが多くて、出てくるまでに20分ちょっと待たされた。だが店内はエアコンが効いてて涼しく、二階席からマーレの街角の喧騒を眺められるので休憩にはいい場所だった。むしろあまり庶民的過ぎる現地料理店の場合、衛生面や味付け次第ではなーこやしーちゃんが厳しかったかも知れないので、ここはここで良かったと思うことにしよう。

 

 しばらく食べていると、入店後は姿を消していた例の客引き男がやって来て、どうだ、美味いかと聞いてきた。

 「CDの店、そろそろ開くんじゃないかな。じゃ、オレは下で待ってるから。」

男はニタニタしながらそう言うと階段を降りて行った。あいつ、さっきは調子のいいこと言ってたが、CD屋になんかきっと行かないだろう。いや、CD屋が正午からオープンしたのか、そもそもそれが存在するのかすら怪しいものだ。正直下で待っていなくていいのだが、男としては食事が終わった僕達を港まで誘導し、チップをもらおうって腹だ。ボートの時間は男に伝えているので、もうこれ以上のCD捜索は間に合わないことも知っているからのんびり構えているのだろう。盛り付けが多くて食べ切れなかったので残りをラッピングしてもらい、窓の外の通りを濁流のように流れて行くバイクの群れを眺め、四人乗りやら、赤ちゃんを抱っこ紐で抱えながら運転する人等に驚いた後、僕達は再びドーニの船着場に向けて出発した。

 客引き男はミネラルウォーターの入ったレジ袋を得意げに担いで先導している。ま、僕達の荷物の中で一番重たいヤツなので助かったのは間違い無いが、何せ歩くのか速いので、なーことしーちゃんが追い付かない。彼の5メートル後ろを僕が、僕の5メートル後ろを妻子がそれぞれ懸命に目的地を目指す構図ができていた。ともあれ無事に船着場に到着し、男には5ドルのチップを渡してそそくさとドーニに乗り込んだ。スピードボート出発の1時45分が迫っており、不安はまだ続く。

 

 フルレ島に到着した僕達は、二手に分かれて行動することにした。トランクをホテルに預けているので僕がそれを取りに行き、なーこはボートの乗り場を見つけて、できればチケットを買っておくのだ。ここからホテルは歩くと10分はかかるため、往復歩いたら間に合わない。タクシー乗り場に行ってホテルまで行ってくれと頼んだが、最初のタクシーには乗車拒否された。次のタクシーを捕まえて再度頼んでみるも、またまた拒否。路頭に迷った僕が行き着いたのは、昨日到着時に訪ねた旅行会社のカウンターだった。するとそこには、夕べホテルのチェックインとボートの予約をしてくれた日本人の男性スタッフが座っていた。藁にすがる思いで事情を話すと、昨日僕達が乗ったホテルのシャトルバスに乗るのが一番早いとのことで、早速乗り込んだ。ちなみに港のタクシーはフルマーレ島との交通専門であり、フルレ島内の移動は禁じられているらしい。先の乗車拒否はそのためであった。ともあれホテルに着いた僕は預けた荷物を返してもらい、同じバスが空港に戻るタイミングに再び乗せてもらった。

 かくして空港に戻ると、なーことしーちゃんは先程の旅行会社のスタッフと一緒に待っていた。あっちもこっちも同じ人に助けてもらってしまったな。彼のサポートのお陰でチケットは無事入手でき、乗り場もすぐ近くであることがわかった。僕のムリな行動が祟ってギリギリ綱渡りな出発となってしまった。CDの件は、あれだけ探して無理だったのならもう仕方無い。悔いは残らないと言えば嘘になるが。とりあえず次のステージへ出発だ。

 

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(モルディブのポップスのCDは結局入手できずじまい。もし以前モルディブに行った方で、当時CDをゲットし、処分に困ってる方や、これから行く方でラッキーにもゲットできた人がいましたら、ぜひご連絡を。通販で購入した2枚でなければ買わせて頂きます! と、ほとんど見てる人のいないブログですが、とりあえず書いてみる。)