新人、現職、両候補ともに、原発推進でも脱原発でもない“玉虫色”いったい何を基準に選べばいいのか?

 柏崎刈羽原発の地元は、福島原発の惨劇を目の当たりして、福島の二の舞を心配する一方、
原発に頼る地元経済、市財政を考えると、原発を捨てきれないでいる。

 「推進、反対、どちらかに偏れば、その票しかもらえないのだから・・」
一度原発マネーに毒された原発城下町は、福島のような大事故が起きなければ、原発なしと言う選択は
出来ないのだろうか?

 asahi.comマイタウン新潟より
「脱・原発依存」の選び方(上)
【「当面は共存。将来は脱・原発依存」。18日投開票の柏崎市長選で、現職の候補者も新顔の候補者も、これから柏崎刈羽原発とどうつきあっていくか、について、同じような主張をしている。原発城下町の有権者は、どんな物差しをあてて選択をするのだろう。
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 柏崎刈羽原発のポンプや建物のメンテナンスをする山田工業(柏崎市)の徳間昭則社長(56)は、柏崎刈羽原発の全基停止が長引いていることを苦々しく思っている。まだ自社の売り上げは落ちていない。でも、撤退する企業の姿をみて「『明日は我が身だ』と感じるときがある」と言う。

 市長選で候補者が「脱・原発依存」を掲げても、「推進、反対、どちらかに偏れば、その票しかもらえないのだから、選挙戦向けのポーズに過ぎない」とみている。「結局、地元経済を活性化するには原発を動かすしかない。市長はそれを早く、表明してほしい」
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 7月に柏崎商工会議所が会員企業にアンケートをすると、原発関連の取引がある企業306社のうち200社が昨夏より売り上げが落ちたと回答した。商議所の西川(さいかわ)正男会頭は先月18日に上京して各府省庁をまわり、中小企業への資金繰り対策や市の雇用対策への財政支援を求めた。

 「会社がいつまで持つかわからない」。同原発でバルブの保守点検をする会社の男性社長(62)は、そう漏らした。ほとんどが原発頼みだった売り上げは、定期点検の仕事がなくなって、10%以上減った。いまは火力発電所などの工事を請け負い、何とか仕事をつないでいる。
 2002年に次々と発覚した東電のトラブル隠し。07年の中越沖地震。昨年の福島第一原発事故。柏崎刈羽原発はこれまでに3度、全7基が停止し、そのたびに地元企業は振り回された。それをいつまで続けるのか、と感じる。

 「推進でも、反対でもどちらでもいい。大事なのは、市が原発とどう付き合うかの方針をはっきり決めることだ」。廃炉に向かうのならそれを支える仕事にシフトするし、稼働させ続けるならそれに合わせる。選べない現状が、一番つらい。「廃炉か、稼働か、はっきり示せる市長を選びたいけれど……」
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 柏崎市に住む東京電力の若手社員は《原発を将来も動かしていいのか》《いや、動かさねばならない》という相反する思いの間で揺れる。
 福島第一原発事故から1年8カ月。いまも約6万人の福島県民が福島に帰れずにいる。政府は30年代の「原発稼働ゼロ」を打ち出し、原発再稼働の是非を問う県民投票をしようという動きもある。一方、全基停止後の約8カ月で、原発内で働く下請け企業の社員は約1200人減った。「動かしても、やめても迷惑をかけてしまう」

 2候補の陣営に原発推進、容認、反対と様々な立場の人がいるのは知っているが、支持勢力の色合いで選ぶつもりはない。
 自分たちにできることは、しっかり安全対策をすることだけ。別の角度からみれば不十分な点があるかもしれない。市長には「住民の声を聞いて判断し、安全対策の不備をしっかり指摘してくれる人」がなってほしい、と願っている。】