JPN47ニュースより
【【福島民報】<論説>
■【やらせメール】事業者への不信高めた
これが「原子力ムラ」の感覚なのだろうか。九州電力が玄海原発2、3号機(佐賀県玄海町)を再開させるため、世論操作のような「やらせ」行為を子会社社員に依頼していたことが明らかになった。社会の公平性を阻害してまで再稼働を急ごうとする組織の神経にあきれる。
東京電力福島第一原発事故で苦しむ福島県民の姿を見た玄海町民、佐賀県民の多くは、身近な原発の存在に不安を抱いていただろう。今回の九電の不公正な行為は町民らの心を硬化させ、原発事業者への不信感を高めた。
経済産業省は6月26日、玄海原発の再稼働について県民に理解を求めようと、説明番組をネットなどで生中継した。九電の原子力発電本部の課長級男性社員が九電の3事業所と子会社4社の担当者計7人に、この番組に対し一般市民を装って運転再開を支持する意見メールを送るようメールで指示していた。
やらせ問題では、いやな記憶がある。平成13年、小泉純一郎内閣時代の教育改革タウンミーティングで、政府側が参加者を作為的に選んだり、質問を誘導したりして、世論をつくり出そうとした。議論の前提となる公正さを損なう行為は、施策だけでなく、当事者への信頼も失墜させる。………
九電だけの感覚だろうか。福島原発100+ 件事故で分かった原発関係者のおごりや怠慢、そして今回の「やらせメール」に見える社会的な倫理感の欠如が、結果的に重大事故につながったのではないかという疑念さえ抱いてしまう。………(佐久間順) (2011年7月8日)<記事全文>
【信濃毎日新聞】<斜面>
■電力会社のやり方は、時を経ても変わらぬようだ
「原発事故でうずく心」の見出しに、目が引き寄せられた。10日ほど前の本紙に載った「私の声」である。投稿者は諏訪郡在住の樽川通子さん(82)。心がうずく理由が知りたくて一息に読んだ
◆
34年前の1977年、原発の建設に否定的な樽川さんの意見が新聞に掲載された。地域の婦人会長になったばかりのころだ。その日のうちに電力会社の地元幹部の来訪を受ける。婦人会長という立場なのに、そんな発言をしていいのか、といさめに来たのだ………
◆
当時は原発があちこちで産声を上げていた時代である。事故を起こした福島第1は70年代に6号機まで営業運転を始めたが、福島第2はまだなかった。静岡県の浜岡も70年代は1、2号機だけである。原発を進める側には、大事な始まりの時期。地ならしには念を入れたことだろう
◆
九州電力が、市民を装って原発の再稼働に賛成のメールを寄せるよう、子会社などに指示していた。政府が開いた説明会に宛ててである。反対の意見は封じ込める、賛成の意見は仕立てる―。電力会社のやり方は、時を経ても変わらぬように見える。 (2011年7月8日)<記事全文>
【熊本日日新聞】<新生面>
■高を括[くく]るとはこんなことを言うのだろう
高を括[くく]る、とはこんなことを言うのだろうと思った。見くびる、あなどるなどの意味で使われる言葉
▼2日付本紙夕刊「現論」に、村上陽一郎氏が一文を寄せた。村上氏は科学史を専門とする著名な研究者。2002年から8年ほどは原子力安全・保安院、保安部会の部会長を務めたという。
その村上氏が書いている。「保安院で仕事をしていた八年間に、津波に関しては、一度も、本格的に話題として取り上げなかった」
▼津波に高を括ってきた村上氏は「恥じ入るしかない」と書くが、今大切なことは、一人一人が原発にどう向き合ってきたかを率直に振り返ることだろう。真摯[しんし]な反省こそ「次の一歩」への羅針盤である
▼東日本大震災から間もなく4カ月。もう4カ月と言うか、まだ4カ月と言うか、思いはそれぞれの立場で異なろうが、この間一貫して変わらなかったのは一貫しない政府の対応、というのは笑えない現実である。………
▼九電の「やらせメール」が明らかになった。子会社の社員に、一般市民を装い運転再開の意見を寄せるよう指示したという。これもまた、電力会社が民意というものに高を括っていたことの表れである。
(2011年7月8日)<記事全文>
【沖縄タイムス】<社説>
■[原発再テスト]安全宣言は何だった?
菅直人首相は原発安全宣言を撤回して、新たな方法で点検し直す考えを突然打ち出した。また九州電力は政府主催の原発説明番組で、一般市民を装って再稼働を支持するメールを番組宛てに送るよう子会社社員に指示したことが発覚した。
政府の「安全宣言」が空疎になった。電力会社が「民意」を偽造しようとしたのには寒気を覚える。福島での原発事故がなお緊迫する中だけに、原発を取り巻く風景が一層ゆがんで見える。
………九州電力の「やらせメール」問題は深刻だ。子会社や関連会社の社員らに玄海原発再稼働を支持するメールを市民を装って番組に送るよう求めていた。視聴者から番組に届いたメールやファクスは賛成意見が多数を占めた。
地域にとって電力会社は大きな存在だ。政府の後ろ盾もある。国策に直結する企業が世論を操作しようとした問題は、民主システムのもろさを見せつけた。同社に厳正な対処を求めたい。
九州電力が玄海原発で原子力安全協定を結んでいるのは佐賀県と玄海町だけで、両者の同意で形の上では「地元」の理解を得たことになる。
しかし事故が起きると佐賀だけでなく隣県にも影響は及ぶはずだ。政府や電力会社にとっておそらく「地元」の範囲を狭める方が都合がいいのだろう。
沖縄の基地問題と同じだ。首長は反対だが区長は賛成だ、と政府は強弁したりする。・・(2011年7月8日)<記事全文>】
『舌鋒鋭い』とは、こういうことを言うのだろうか。
「原発関係者のおごりや怠慢」・「社会的な倫理感の欠如」・「反対の意見は封じ込める、賛成の意見は仕立てる」・「民意というものに高を括っていた」・「電力会社が「民意」を偽造しようとした」 と、これでもかと、原子力村の悪質な世論操作を糾弾している。
本来のマスメディアの役割は、こういった不正を暴いて、その結果起こり得る不条理を、未然に防ぐことではなかったのか。
しかし、福島原発の大事故に於いては、多くのテレビ、新聞がその役目を放棄して、ただいたずらに安全、安全、軽微な事故、と東電・政府による、大本営発表を繰り返し垂れ流すのみだった。
そして最近まで、『事故の大きさが明らかになるにつれ、事実を隠し通し切れなくなり、なし崩しに事実の追認を行う東電・政府に』、「ワン」 とも吠えない番犬に成り下がったままでいた。
ここに掲載されている新聞社や、多くの週刊誌は、早くから東電・政府に対して、正論を展開していたが、多くのマスメディアは未だに、『福島原発の大事故の世紀の大誤報?』を反省せず、東電・政府の責任問題に対するスタンスも不鮮明のままだ。
いや、脱原発を唱える?、菅総理にだけは、何故か、吠えまくっている。
【【福島民報】<論説>
■【やらせメール】事業者への不信高めた
これが「原子力ムラ」の感覚なのだろうか。九州電力が玄海原発2、3号機(佐賀県玄海町)を再開させるため、世論操作のような「やらせ」行為を子会社社員に依頼していたことが明らかになった。社会の公平性を阻害してまで再稼働を急ごうとする組織の神経にあきれる。
東京電力福島第一原発事故で苦しむ福島県民の姿を見た玄海町民、佐賀県民の多くは、身近な原発の存在に不安を抱いていただろう。今回の九電の不公正な行為は町民らの心を硬化させ、原発事業者への不信感を高めた。
経済産業省は6月26日、玄海原発の再稼働について県民に理解を求めようと、説明番組をネットなどで生中継した。九電の原子力発電本部の課長級男性社員が九電の3事業所と子会社4社の担当者計7人に、この番組に対し一般市民を装って運転再開を支持する意見メールを送るようメールで指示していた。
やらせ問題では、いやな記憶がある。平成13年、小泉純一郎内閣時代の教育改革タウンミーティングで、政府側が参加者を作為的に選んだり、質問を誘導したりして、世論をつくり出そうとした。議論の前提となる公正さを損なう行為は、施策だけでなく、当事者への信頼も失墜させる。………
九電だけの感覚だろうか。福島原発100+ 件事故で分かった原発関係者のおごりや怠慢、そして今回の「やらせメール」に見える社会的な倫理感の欠如が、結果的に重大事故につながったのではないかという疑念さえ抱いてしまう。………(佐久間順) (2011年7月8日)<記事全文>
【信濃毎日新聞】<斜面>
■電力会社のやり方は、時を経ても変わらぬようだ
「原発事故でうずく心」の見出しに、目が引き寄せられた。10日ほど前の本紙に載った「私の声」である。投稿者は諏訪郡在住の樽川通子さん(82)。心がうずく理由が知りたくて一息に読んだ
◆
34年前の1977年、原発の建設に否定的な樽川さんの意見が新聞に掲載された。地域の婦人会長になったばかりのころだ。その日のうちに電力会社の地元幹部の来訪を受ける。婦人会長という立場なのに、そんな発言をしていいのか、といさめに来たのだ………
◆
当時は原発があちこちで産声を上げていた時代である。事故を起こした福島第1は70年代に6号機まで営業運転を始めたが、福島第2はまだなかった。静岡県の浜岡も70年代は1、2号機だけである。原発を進める側には、大事な始まりの時期。地ならしには念を入れたことだろう
◆
九州電力が、市民を装って原発の再稼働に賛成のメールを寄せるよう、子会社などに指示していた。政府が開いた説明会に宛ててである。反対の意見は封じ込める、賛成の意見は仕立てる―。電力会社のやり方は、時を経ても変わらぬように見える。 (2011年7月8日)<記事全文>
【熊本日日新聞】<新生面>
■高を括[くく]るとはこんなことを言うのだろう
高を括[くく]る、とはこんなことを言うのだろうと思った。見くびる、あなどるなどの意味で使われる言葉
▼2日付本紙夕刊「現論」に、村上陽一郎氏が一文を寄せた。村上氏は科学史を専門とする著名な研究者。2002年から8年ほどは原子力安全・保安院、保安部会の部会長を務めたという。
その村上氏が書いている。「保安院で仕事をしていた八年間に、津波に関しては、一度も、本格的に話題として取り上げなかった」
▼津波に高を括ってきた村上氏は「恥じ入るしかない」と書くが、今大切なことは、一人一人が原発にどう向き合ってきたかを率直に振り返ることだろう。真摯[しんし]な反省こそ「次の一歩」への羅針盤である
▼東日本大震災から間もなく4カ月。もう4カ月と言うか、まだ4カ月と言うか、思いはそれぞれの立場で異なろうが、この間一貫して変わらなかったのは一貫しない政府の対応、というのは笑えない現実である。………
▼九電の「やらせメール」が明らかになった。子会社の社員に、一般市民を装い運転再開の意見を寄せるよう指示したという。これもまた、電力会社が民意というものに高を括っていたことの表れである。
(2011年7月8日)<記事全文>
【沖縄タイムス】<社説>
■[原発再テスト]安全宣言は何だった?
菅直人首相は原発安全宣言を撤回して、新たな方法で点検し直す考えを突然打ち出した。また九州電力は政府主催の原発説明番組で、一般市民を装って再稼働を支持するメールを番組宛てに送るよう子会社社員に指示したことが発覚した。
政府の「安全宣言」が空疎になった。電力会社が「民意」を偽造しようとしたのには寒気を覚える。福島での原発事故がなお緊迫する中だけに、原発を取り巻く風景が一層ゆがんで見える。
………九州電力の「やらせメール」問題は深刻だ。子会社や関連会社の社員らに玄海原発再稼働を支持するメールを市民を装って番組に送るよう求めていた。視聴者から番組に届いたメールやファクスは賛成意見が多数を占めた。
地域にとって電力会社は大きな存在だ。政府の後ろ盾もある。国策に直結する企業が世論を操作しようとした問題は、民主システムのもろさを見せつけた。同社に厳正な対処を求めたい。
九州電力が玄海原発で原子力安全協定を結んでいるのは佐賀県と玄海町だけで、両者の同意で形の上では「地元」の理解を得たことになる。
しかし事故が起きると佐賀だけでなく隣県にも影響は及ぶはずだ。政府や電力会社にとっておそらく「地元」の範囲を狭める方が都合がいいのだろう。
沖縄の基地問題と同じだ。首長は反対だが区長は賛成だ、と政府は強弁したりする。・・(2011年7月8日)<記事全文>】
『舌鋒鋭い』とは、こういうことを言うのだろうか。
「原発関係者のおごりや怠慢」・「社会的な倫理感の欠如」・「反対の意見は封じ込める、賛成の意見は仕立てる」・「民意というものに高を括っていた」・「電力会社が「民意」を偽造しようとした」 と、これでもかと、原子力村の悪質な世論操作を糾弾している。
本来のマスメディアの役割は、こういった不正を暴いて、その結果起こり得る不条理を、未然に防ぐことではなかったのか。
しかし、福島原発の大事故に於いては、多くのテレビ、新聞がその役目を放棄して、ただいたずらに安全、安全、軽微な事故、と東電・政府による、大本営発表を繰り返し垂れ流すのみだった。
そして最近まで、『事故の大きさが明らかになるにつれ、事実を隠し通し切れなくなり、なし崩しに事実の追認を行う東電・政府に』、「ワン」 とも吠えない番犬に成り下がったままでいた。
ここに掲載されている新聞社や、多くの週刊誌は、早くから東電・政府に対して、正論を展開していたが、多くのマスメディアは未だに、『福島原発の大事故の世紀の大誤報?』を反省せず、東電・政府の責任問題に対するスタンスも不鮮明のままだ。
いや、脱原発を唱える?、菅総理にだけは、何故か、吠えまくっている。